161 アルテミアってどんなとこ?
リズが街を発った日から一週間、イナリに脅威が及ぶ可能性を懸念して「虹色旅団」の活動は休止することになり、イナリは平和な日々を過ごしていた。
ブラストブルーベリーの誤爆防止兼起爆用装置をガルテに作ってもらうために外出した以外は、どこに行くわけでもなく、誰に襲われるでもない、実にのんびりとした日々である。
その暮らしぶりはと言うと、実質的に無職のイナリは、たまに家事の手伝いなどはしつつ、基本的に自宅でゴロゴロしているだけである。そしてエリスは、教会の仕事を除けば、ほぼずっとイナリにべったりしている。
余談だが、リズからイナリへ、彼女の不在の間、ベッドを使ってよいと言われていたのでそちらで寝ようとしたところ、エリスがものすごい絶望したような顔をしたので、ひとまずエリスのベッド一つで寝ることになった。
そんな堕落しきった豊穣神と神官とは対照的に、エリックはいくらか休暇らしい事をしているものの、定期的にギルドには顔を出しているようだし、ディルも、イナリ誘拐未遂事件の反省から、行動周期をいくらか増やしたりしたようである。
「リズはそろそろ目的地に着いたじゃろうか。確か、あるてみあ、とか言ったか」
イナリは家の庭に生い茂る雑草をぷちぷちと抜きながら口を開く。イナリの力の影響で、毎日庭の手入れをしないと、あっという間に庭が雑草で埋め尽くされてしまうのだ。
「何事も無ければ、とうについているでしょうね。メインイベントでもある転移魔法の見学というのはわかりませんけど」
エリスは物干し竿に洗濯物をかけながら答える。洗濯は、リズが居なくなったことによって大きく変化があった事の一つである。
今まではリズが水魔法で素早く洗って火魔法で乾かすという、一分もあれば終わる作業であったが、今はこうして人力で行わなければならない作業になっている。
曰く、家事特化の魔術師や魔法使いも居ないことはないようだが、そういった者の実力もピンからキリまで、本当に酷い例だと、家事をする代わりに火事を起こして火事場泥棒、なんてこともあるらしい。そういったリスクも考慮して、そのうちリズも戻るし、その間くらいは自力でやろう、という結論に落ち着いたのだ。
なお、現在、エリックとディルは、冒険者としての活動を再開するにあたって必要な物資の買いだしに行っている。また、出かける前の彼らの口ぶりだと、すぐに活動再開できるように、良さげな依頼も一緒に持ち帰ってくることだろう。
「ふう、これで最後の洗濯物ですね。一旦休憩しましょうか」
「わかったのじゃ」
雑草を抜くのが面倒になってきたイナリは、風刃で一気に薙いで答えた。
「……イナリさん、その切り方では雑草がすぐに生えてしまいますよ。根っこから抜かないと」
「いや、この草を根こそぎ抜こうが明日には元通りじゃし、関係ないじゃろ」
「まあ、確かにそれはそうなんですけど、ちょっとくらい違うかもしれませんし……こう、うまいこと成長促進の有効無効を切り替えられませんかね?」
「無理じゃな」
「ううーん、何回聞いても融通の利かない能力ですねえ……」
「そうは言うがの、そも、我は豊穣神じゃぞ?植物を育てられぬとなったら、存在意義もあるまい?」
「全くもう、そんな悲しいこと言わないでくださいよ」
エリスはイナリを抱え上げて家に上がり、そのままソファに座ってくつろぐ。
「ところで、アルテミアとはどういった場所かや?確か、アルト教とやらの発祥地であったと聞いたが」
「ええ、そうですね。私も修業時代に行ったことがありますが、とてもいい場所ですよ。……アルト教を信仰していればの話ですけどね」
「……我、存在がダメでは?寧ろ、信仰される側の存在じゃし」
「まあ、確かにちょっと危ないように思いますが……私たちが出会ったころのように、『我は神じゃ!』とか言ったり、布教活動をしたりしなければ大丈夫だと思いますよ」
「ふーむ、妙なところに気を遣わねばならない場所とは、実に窮屈そうじゃ……」
「……ところで、イナリさんって信徒とかいらっしゃるんですか?」
「居らぬよ。……いや、居なくなったというべきか。もし居たら、今ここに我は居らんかったかもしれぬな……」
「……すみません、つまらないことを聞いてしまいましたね。そ、そうだ。もし、イナリ教が発足した場合、どういう教義になるのでしょうね?」
「うーむ。我を崇めよとか、植物を愛せよとか、そんな感じで良いのではないか?」
「なるほど。もし信徒を募集するならば、是非私に声をかけてくださいね」
「今のところその予定は無いのじゃ。神と信者という関係は、些か我との相性が良くないように思う故な。……というかお主、本当にアルト教の信者なんじゃよな?」
「ええまあ。しかし、他に信仰してはいけないという教義はありませんよ?」
「な、なんたる屁理屈か……」
「柔軟な思考と言ってください。さて、話を戻して……アルテミア王国の説明に戻りましょう。まず、王国とは言っているのですが……私達が今いる、グレリア王国とは少々性質が違います。具体的には、アルテミア王国の王は殆ど何もしません。形骸的なものと思ってくださって結構です」
「……しかし、人間には統治する者が必要じゃ。違うかや?」
「ええ、その通りです。アルテミア王国における実質的な統治者は、アルト教の教皇様です」
「ふむ。理由を聞いても?」
「簡単に言えば、教皇が採用を決定したアルト教の神託の解釈結果に基づいて王が行動を起こすより、教皇がそのまま国を動かした方が手っ取り早いということになったからですね。魔王の対処は一刻を争いますから」
「ふむ。しかし、それは神の名の下に好き放題するような不届き者が権力を握ったら破綻するのではないかや?」
「確かにそういう言説もありますし、他の諸国がアルテミアの政治形態に続かない理由はまさにそれです。ただ、そういったことを防ぐための仕組みはあるのですよ。複雑なので説明は省きますけども」
「なるほどのう」
「で、国としての文化なのですが……先ほども言ったように、アルト教を信仰している限りはものすごくいいところです」
「それも少し気になっていたのじゃ。信仰していないとどうなるのじゃ?」
「ああ、少々語弊があったかもしれません。厳密には、アルト教に反したり、侮辱するような行いをするのが良くない、というべきでした。ひとまず、神の名を騙ったら一発アウト、即処刑台です」
「それは以前も聞いたのう。如何にも人間らしい極端な発想じゃ」
「イナリさん、図書館でその話をした時は震えてましたよね」
「はて、何のことやら」
「……あとは他にも、神の名を利用して悪行を働くことも重罪です」
エリスはすっとぼけたイナリの頬をつまみながら説明を続ける。
「で、そういったことはしなくとも、アルト神に対して侮辱的な態度を取ったりするとどうなるかと言うと……」
「ここまでの流れからして、どうせ投獄とかじゃろ?」
「いえ、罪にはなりませんが……ものすごくよくない印象を持たれます」
「ふむ?その程度で済むのかや」
ここまで処刑だのなんだの言っていたのに、急にふわっとした表現になって、イナリは拍子抜けする。
「いえ、結構きついですよ。具体例を挙げると、宿屋は宿泊拒否、商店では取引停止、料理店では雑な食事が出ればまだいい方で、検問を通る度執拗かつ過剰な尋問――」
「いや、よい。もう結構じゃ」
投獄よりよほど陰湿で嫌な感じの例が並べられ、イナリは途中でエリスの言葉を遮った。
「想像するだけでも醜すぎるのじゃ」
「ええ。……今のは歴史上もっとも酷い目に遭った方の例ですから、実際はもう少しマシですけどね。この話についてもっと知りたければ、図書館で体験記が読めますよ。それなりに有名な本です」
「結構。結構じゃ……」
イナリはげんなりとしながら言葉を返した。




