118 街門を潜る
イナリ達が門の周辺に近づくと、そこには門番の兵士の他に数名の冒険者らしき姿が見られた。
恐らく、魔境化が深刻化した魔の森から何かが来る可能性に備えて控えているのだろうが、まさかその原因とも呼べる少女がすぐそばにいるとは、露ほども思わないだろう。
彼らは何か話し込んでいたようだが、エリックの姿を見るなり、驚きと喜びの入り混じったような表情で駆け寄ってくる。
「エリックさん、それに『虹色旅団』の皆さんも!よくご無事だったっすね!」
まず、特徴的な喋り方のフレッドがイナリ達に向けて話しかけてくる。
「ほら言ったろ?エリックさんなら大丈夫だって!」
「流石、等級8のエースは違うぜ!」
「いやあ、はは……」
フレッドの後ろで、冒険者の一部がエリック達を称えてくるが、エリックはそれに対して恥ずかしく思っているのか、苦笑で返す。
「一昨日の早朝にディルさんが来て、支援は寄越さなくていいって言ってたんすけど、流石に魔の森もあんな状態じゃないっすか。だから今、ここにいる皆さんは森に行けないかギルドに打診しようとしてたんすよ」
「なるほど、気持ちはありがたく受け取っておくよ。皆ありがとう」
「で、森の方はどうでした?とりあえず、イナリちゃんは連れて来られたみたいっすけど」
フレッドがイナリの方を一瞥しながら尋ねる。
イナリは一瞬、何故自分が森にいたことをフレッドが知っているのかと訝しんだ。
しかしよくよく考えたら、エリック達が街を出た時と戻ってきた時で人数が違う時点で察することが出来るだろうし、それ以外にもいくらでも推測のしようはあることに気がついた。
イナリがそんなことを考えている間に会話は進んでいく。
「ひとまず、トレント系の魔物はほぼ全滅と言って良さそうだよ」
「マジっすか!?え、もしかして森で暮らしてた人たちも帰れます?」
「それは無理だろうな。恐らく植物にやられて廃墟同然になってるのがオチだ」
「あー、そうっすか……。そっちから避難してきた人たちのための住居が飽和気味で、ちょっと上の方がざわついてるっぽいっすから、それが解決できると思ったんすけどねえ」
「流石に、そううまくはいかないだろうな。どれだけ前向きに考えても再建が限界だ」
「ディルの言う通りだね。トレントがいなくなっても、森の木や草は今までよりも伸びているからより一層暗いし、今はトレントの暴走の影響で、それ以外の魔物の動きは落ち着いているけど、近いうちにまた徘徊を始めるだろうから」
「あぁー、やっぱり今まで通りとはいかないっすか。今後どうなるかは上の判断次第っすかね。再建コースになったら、俺も護衛役で駆り出されるんすかねえ?」
「まあ、そういう方針になったら駆り出される可能性は全然ありそうだよな」
「マジっすか。魔物と戦うのが嫌だから門番になったみたいなところもあるんすよ?それなのに魔物を相手にするんすか?そんなの無いっすよ……」
「兵士なんてそんなもんだろ。ま、頑張ってくれや」
気を落としたフレッドの肩をディルが叩いて雑に励ます。
「はあ、世知辛いっすねえ……。あ、引き留めてすみません。皆心配してると思うんで、冒険者ギルドの方に報告に行ってください」
「ああ、そうだね。じゃあ僕たちはこれで。フレッドもお疲れ様」
「はい!……あ、一応なんすけど、何か新たに持ちこむものとかあります?変異体の一部とか、そういう感じのっす。あったら確認しなきゃいけないんすけど」
「いや、討伐したトレントの大半は燃やしてあるから、僕は特に採取とかはしてないな。皆は何かある?」
エリックがパーティの面々に確認する。
イナリは、澄ました顔で隣に立つエリスが若干そわそわしているのを感じた。恐らく神器の件のせいだろう。
心配になったイナリがエリスに視線をやると、彼女はイナリの手を繋いで、小声でイナリに話しかけてくる。
「……あとでちゃんと合法になりますから、大丈夫、ですよね?」
「いや、我にはわからぬよ……」
「ん?そこのお二人、何かあるんすか?」
二人がひそひそと話しているのを目にしたフレッドが話しかけてくると、エリスの肩が跳ね、イナリの手を掴む手がさらにきつく掴まれ、一気に汗ばむ。
これは何だか旗色が悪そうだ。イナリは助け舟を出すことにした。
「ええっとじゃな、今エリスから、我が持ってきた家で育てた作物を見てもらった方が良いのではないかと指摘されての?確かに以前のブラストブルーベリーのようなことがあっては堪らぬ故、確認してもらっても良いじゃろうか」
「ああ、なるほど。じゃあここの机に広げてください、確認するっす」
「うむ」
イナリはフレッドに言われるがまま机の前に移動し、風呂敷を広げて作物や硬貨入れを並べていく。
「うーん……。はい、大丈夫そうっすね。いやあ、面倒なんすけど、こういうのも仕事っすから、大目に見てください」
「うむ、人間の営みのいかに面倒かは、たった数日の滞在で身をもって体験しておるからの。今更気にせんのじゃ」
「イナリちゃん、口調とかは超独特っすけど、ちっちゃいのにメッチャ物分かり良くていい子っすね。そのまま真っすぐ育つんすよ」
フレッドはそう言いながらイナリの頭を力強く撫でる。エリスのそれとはまた違った感覚だ。
しかし、イナリは既にフレッドの百倍以上の時を生きているので、この扱いは少々不服であった。
「ううむ、我は子供ではないのじゃがな……。まあよい。先ほどの様子を見るに、確認が必要なものを持っているのは我だけじゃよな?」
「……そうみたいっすね。じゃあ、今度こそお通りくださいっす」
フレッドが改めて手を街の方へ向けて伸ばし、進むように促してくる。イナリ達はそれに従って街に入場する。
そして少し街門から離れたところで、エリスが大きくため息をつく。
「はああぁぁ。イナリさん、本当に助かりました……」
「お主の焦りようが、手を通してこれでもかと伝わってきたからのう……」
「私、嘘はつけないですし、かといって沈黙も論外ですから、本当にどうしようかと」
「ふふん、我の臨機応変な対応に感謝するのじゃな」
「ええ、本当に感謝していますよ。この借りは神器の所有許可の取得をもって返します」
イナリはエリスに対して、普段のようにイナリの頭を撫でながら「凄いですよイナリさん!」とか言って単純に称えてくれれば結構だったのだが、思いの外しっかりとした返事が返ってきてしまい、少々調子が狂う。
「……こやつ、いつもこういう感じで良いんじゃないかや?」
「イナリちゃんが来る前は割とこんな感じだったんだよ……」
イナリがエリスに指を指して尋ねると、リズが呆れたような声で答える。
時刻は昼頃。
一同が冒険者ギルドに到着すると、その中は閑散としていた。恐らく、先ほど門に冒険者が配備されていたように、色々な場所で兵士と共に街の防衛をしているのだろう。
「我がここに来ると、大抵閑散としておるのう」
よくよく考えれば、一度夜中にここに来て、ギルド長に所持金を巻き上げられて朝を迎えたあの時ぐらいしか、冒険者であふれていた光景は見たことが無い気がする。
「しばらく過ごしてりゃ嫌と言うほど混雑時に遭遇するさ」
「そうなのかや。一度遭遇した時、人の波に揉まれるわ、それを漸く抜けたと思えばエリスに見つかるわで、そこそこ酷い目に遭ったからの。できればこのまま閑散としていて欲しいところじゃ」
「……あの、私に会うことが『酷い目』なのですか……?」
イナリの言葉に、エリスがショックを受けて固まってしまった。
「あっ、いや、言葉の綾じゃよ?お主らに見つかるのが不都合じゃったという意味合いでの?」
「……不都合?すみません、ちょっと言ってる意味がよく分からないんですけど、どういう事でしょうか?詳しく聞いてもいいですか?」
エリスは光を失ったような青い眼をイナリに向け、静かに歩み寄ってくる。それから逃れようと後退したイナリは、そのままギルドの壁まで追い詰められてしまった。
「落ち着くのじゃ、話し合えばわかりあえるはずじゃよ?……リズ、エリック、ディル、お主らからも何か言ってくれたもれ」
確かに以前エリスに叱られたのは「深夜に一人で外を出歩いたこと」が主な理由であって、一人で錬金術ギルドに行こうとしていたことは伏せていたから、今のイナリの発言は失言であった。加えて、言い方も良くなかったかもしれない。
しかし、イナリがそれをしようとしていたのには確かな理由があるのだから、話し合うだけの余地があるはずだ。
とりあえず、説教モードに入りかけているエリスを止めてくれればこちらのものだ。イナリはこれから始まる逆転劇を夢見て、仲間たちの方に目をやった。
「ごめん、リズからは何も言えないかな」
「俺も知らね。エリック、あいつらは放っておいて報告しに行こうぜ」
「そうだね。ごめんイナリちゃん、僕は無力だ……」
そう言って薄情な男二人はカウンターの方へと歩いて行く。
受付の担当はアリエッタのようで、エリック達の姿に気がつくと急いで後ろの事務室へと駆け込んだ。
「……じゃあ、えっと、リズも行くね?その……ごゆっくり?」
「あっ……」
リズが気まずそうな表情をしながら小さく手を振って立ち去る。味方などいなかった。
「では、詳しく聞かせて頂きましょうか」
「は、はい……」
「とりあえず玄関では迷惑ですから、酒場で座って話しましょう。飲み物は要りますか?」
「い、いや……大丈夫じゃ……」
ここで飲み物を要求する度胸はイナリには無かった。
ここからエリック達が帰ってくるまでの間、イナリの孤独な闘いが始まる。




