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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
魔の森の騒乱

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100 イナリ VS 干し肉

 イナリ達は再び岩や丸太に腰掛けて鍋を囲む。


イナリが鍋を覗くと、その中身はどことなく「木漏れ日亭」での既視感があった。


「これは……シチュー、じゃな?」


「うん。普段は殆ど中身無しなんだけど、今回はさっきイナリちゃん達が持ってきてくれたものを入れさせてもらったよ」


「……厳密には、ほぼエリスが見つけたものだがな」


「ふむ、お主、どうやら余程我が採ったものが食べたいとみえる。ほれ、食べるが良いのじゃ」


 ディルがボソリと呟いた言葉に反応して、イナリは自分の隣にまとめておいた毒入りのキノコを一つ手に取ってディルの前に差し出した。


「いや、前言撤回だ。二人が協力して採ってきてくれたんだよな」


「ディルさん、デリカシーを学びましょうね。いつか無駄な一言が事故に繋がったりしますよ……」


 一連のやり取りを見たエリスは呆れてディルにデリカシーの重要性を説く。


「食べたくなったらいつでも言うのじゃぞ。我は喜んでこれらを差し出すのじゃ」


「俺が悪かったから、勘弁してくれ……」


「イナリさんもその辺にしてあげてください。はい、イナリさんの分ですよ」


 エリスがシチューを木の器によそって、イナリに差し出してくる。


シチューの中身は先ほどエリスがイナリに、食べられるものだとと教えてくれたキノコの数々であった。


 イナリはそれを受け取って匙で一掬いして口に運ぶ。


「ふむ、街で食べた物ほどではないが、美味じゃ」


「流石に野営ともなると、用意できるものも制限されてくるからね。普段は具無しの時もあるぐらいだから、大目に見て欲しいな」


「ふむ、まあ食べられるだけ良いというものじゃ。それは我も良くわかっておる」


「そっか、一度食べた物は二度と食べられないと思って生きてきたんだっけ?神ともなると色々あるんだろうね」


「そういうことじゃ。しかしやはり、ちともう一味くらい欲しいのう」


 イナリはシチューが少し味気ないように感じて、自分の隣に置いてあるキノコを一つ口に放り込んだ。


「ふむ、このキノコの酸味は中々合うのう」


「いやあの、ちょっと待ってください。今毒キノコ食べました?」


「む?うむ」


 あまりにも自然に毒キノコを食べるイナリに、全員が目を丸くする。皆が話には聞いていたとはいえ、実際に毒キノコを食べる現場に遭遇すればそうもなるだろう。


「うむ、じゃないです!肥料にするって話だったじゃないですか!ほら、ぺってしてください!」


 エリスが立ちあがってイナリの背をさすり、吐き出すように促してくる。


「そ、そんなこと言われても無理じゃ……。それに、やはり全部とは言わずとも少しくらいは食べてもよかろ?この中にはの、普通のキノコでは得られない刺激的な味があるものもあるのじゃ」


「それ、何か中毒的なのじゃないですよね!?」


「多分大丈夫じゃ」


「多分じゃダメです!一応解毒ポーションも飲んでください」


 エリスが鞄から小さな瓶を取りだしてイナリに手渡す。


「仕方ないのう……。む、ちと癖のある味じゃな。酸っぱ苦い、じゃろうか」


「確かにポーションは慣れるまで変な味に感じるかもしれませんね。あ、とりあえずそこの毒入りのものは私が預かります」


「そ、そんな……」


 エリスがイナリの隣の有毒なものを籠に回収し、イナリの手が届かない遠くへと運んだ。


「イナリさんの安全と健康のためです。毒が効かないと言ったって、何も害が無いとは限りませんからね。代わりと言ってはなんですが、ここに置いてあるものは自由に食べていいですよ」


 エリスが、箱に入った何か茶色く硬いものと、籠に盛られた、食べやすい大きさに切られた木の実を指してイナリに示す。


「この実は先ほど我らが採ったものじゃよな……。この茶色いのは何じゃ」


 イナリはまじまじと謎の物体を見つめる。


「これは干し肉だよ。そっか、イナリちゃん野営とかしたことないから食べた事無いんだよね」


 イナリの問いかけにリズが答える。


「ふむ?干し肉とな」


「うん。もはや説明不要かもしれないけど、干した肉だよ。保存食ってやつだね」


「確か先ほどエリスが確認しておったものじゃったか。……これ、食べられるのかや……?」


「食べられるよ。結構しっかり噛まないといけないし、水とかが無いときついけど」


「なるほどの。どれどれ……」


 イナリは膝の上にシチューの入った器を置いて干し肉を一つつまんで齧る。


「…………」


 干し肉が中々噛み切れないイナリは、それでも黙々と噛み続ける。


「…………」


「……あの、無理して食べなくても大丈夫だよ?」


「それは何じゃか負けた感じがするから嫌じゃ……!」


「ええぇ、イナリちゃん、何と戦ってるの……!?」


「そういえばイナリさん、ギルド酒場のステーキも結構頑張って食べてましたよね……。あの、イナリさん、その干し肉は私が食べますから、イナリさんはシチューと木の実を食べてはいかがですか?シチューも冷めてしまっては美味しくいただけませんし」


「う、うぅむ……屈辱じゃ……」


 説得されたイナリは渋々手に持っていた干し肉をエリスに手渡す。


「イナリお前、本当に力が無いんだな……」


「エリス!やっぱり我が食べるのじゃ!!」


「ああもう、ディルさんは余計な事言わないでください!!」


 イナリがエリスの手に渡った干し肉を再び強奪しようとしたので、エリスはそのきっかけとなったディルに苦言を呈する。


「……いやあ、一人増えるだけでこんなに賑やかになるんだね」


「これは一人増えたからじゃなくて、イナリちゃんが特殊なんじゃないかなあ」


 その光景をエリックとリズは笑顔で眺めていた。


 二人はイナリがパーティに入ったことにより、雰囲気が今までよりも明るくなったと言えよう。


イナリは色々とトラブルを持ってきそう、というか既に色々起こしているが、きっと皆で乗り越えることが出来るだろう。漠然とながら、二人はそのように思った。


 なお、イナリは干し肉に勝利することは出来なかった。




「んじゃ、俺たちは先に寝させてもらうわ。いつもみたいに、適当な時間で起こしてもらって構わないぞ」


「りょうかい!じゃあ皆、おやすみなさい!」


 テントに入っていくディルを見て、リズが手を振る。


 食事を終えたイナリ達は、ここに来るまでの戦闘でたまった疲れを癒すため、また、再び忙しくなるだろう明日に備えて、早めに寝ることにした。


 作戦会議で決まった通り、メンバーの半分は寝ずにトレントを監視することになり、話し合いの結果、前半はリズとエリック、後半はそれ以外のメンバーとなった。


「ではイナリさん、私達も寝ましょう。一緒にです」


 エリスは妙に興奮した様子で、一緒にという部分を強調しながらイナリに手招きする。


「む?我は寝ないが?」


「えっ」


「いやあ、ちとオリュザの種を撒き忘れてしもうての、街に戻るまでに間に合わせるためにも、少しでも早めに撒いておきたいのじゃよ」


「それは明日でもきっと間に合いますよ。ほら、イナリさんお得意の能力があるでしょう?」


「まあ、確かにそれはそうじゃが……。先のリズの発言を聞いての、あまりむやみに能力を使うと魔境化が深刻化しかねぬ故、ちと考えあぐねておる。……他にも色々と考えるべきこともあるしの、実に大変じゃ……」


「恐らく、明日ディルさんが街の防衛をするように冒険者の方には頼むでしょうから、この辺に冒険者が寄ってくることは無いでしょうし、少しくらいなら大丈夫だと思いますよ。それに、色々な事を考えると疲労がたまるものです。ここはひとつ、私と共に睡眠をとりましょう。さあ!」


「……お主、必死すぎじゃろ……。全く、仕方ないのう……」


 あまりに必死の説得に、イナリはやれやれとため息をこぼしながらそれを承諾する。


「よしっ、三日ぶりのイナリさん成分補給です!」


「我の成分って何じゃ……」


 エリスから発せられる謎のワードにイナリは困惑する他ない。


「イナリちゃん、リズ達は川の方でトレントを見ておくから、何かあったら逃げて来ていいからね。それに隣のテントにはディルもいるから、蹴り起せば助けてくれると思うよ」


「うむ」


「あの、警戒しすぎでは……?」


「正直、今のエリスは十分警戒に値するよ」


「そんな、エリックさんまで……。全く、失礼しちゃいます。まあいいです。ささ、イナリさん、こちらへどうぞ」


 エリスが自身のテントの前でしゃがんで入り口部分を開き、中へイナリを誘導する。


「うむ……うん?」


 イナリがテントに入ろうとしたところで、エリスの服のポケットから何かが落ちるのが目に入る。


「お主、何か落としたのじゃ。何じゃこれ……」


「えっ?……ああっ!!」


 イナリがエリスの落としたものを拾いあげると、落とした物に気がついたエリスが絶望したような表情になる。


「……のう、お主よ。これ、我の毛ではあるまいか……?」


 イナリが拾い上げた物は、イナリの尻尾の毛で編まれて作られた何かであった。


「えっとですね、それはイナリさんの尻尾を梳いている時に抜けた毛を集めて勝手に作らせていただいたお守りなのですが、前イナリさんが寝る前に言っていたように何か悪用しようとかそういう目的のものではなくてですね、常にイナリさんの一部を身に着けていることで何か良いことがあるというか、高揚が得られるというか、そういう感じの目的で作らせていただいたものなんです。一応イナリさんが寝ぼけている時に事後承諾という形で許可は頂けたのでこっそりと作って身につけていたのですが、この前不可視術の副作用の云々でパーティの皆さんにはこれの所持が発覚しまして、改めて承諾を得るべきだと言われていたのですが、久々にイナリさんに会った嬉しさでそれを失念しておりまして……!」


 早口で何か言い訳をまくし立てるエリスに、イナリは笑顔を見せ、後ろにいるリズとエリックの方に振り返った。


「リズにエリックよ。身の危険を感じた故、お主らと共に過ごしても良いかや」


「うん、いいよ」


 イナリの申し出に、リズとエリックはすぐに頷き返してくる。


「……そんな、そんなことって……」


「エリス姉さん、流石に今のは怖すぎるからね……」


「我の事を想うのは結構じゃが、流石に確かな同意を得てからにしてほしいものじゃな。我、お守りを作ることに対して許可した覚えが無いのじゃ」


「うう……これはイナリさんに対する不誠実の罰ということですね……」


 エリスは項垂れながら、一人テントへと入っていった。


 その背中は何とも哀愁の漂うものであった。


「……ちと、エリスには悪いことをしたかの」


「いや、全然そんなこと無いと思う……」

 たまに休載してましたが、ほぼほぼ毎日更新を維持しつつ、100話突破です!


 書き始めたときはここまで続けられるとは思っていなかったので、感慨深いものがあります。


 大変ありがたいことに感想やブクマ、評価等も頂けてじわじわと伸びておりまして、非常に作者のモチベーションになっております。この場を借りて、改めて感謝させていただきます!


 今後とも「豊穣神イナリの受難」をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、怖すぎるしたまには罰も必要だよね!
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