表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/372

5.



 沖田と別れ、

 縁側から、自身の行李を放置したままの部屋へと戻った冬乃は、着替えをその場で行うと、厨房へと戻るべく八木家を出た。

 

 

 歩みながら。先程の沖田との事が、どうしても冬乃の頬を火照らせる。

 

 網膜に焼きついた彼の肌、

 感じた熱。息づかい。

 

 囲われた瞬間に芳った、どこか草木のような爽かな匂いすらも。

 

 ひととおり落ちついた今頃になって、克明に思い起こしてしまい。冬乃は、

 とくとく早鐘を打つ鼓動を落ち着かせるべく、むりやり大きく息を吐いた。

 

 

 (しばらく顔、直視できないかも)

 

 沖田のほうはきっと、先程のことなんて、次会った時には忘れているだろうに。

 冬乃はそう嘆息しながら。前川屯所の裏口をくぐり抜けた。

 

 

 

 

 誰もいない厨房で独り、茂吉に指示されていた下ごしらえを行っていた冬乃は、

 包丁を握る手が疲れてきたことを感じて、いったん休憩することにした。

 

 外に出て、大きく伸びをした時。

 そして、背後に人の気配を感じた。

 

 

 沖田ほどの超人的な感知はできなくても、冬乃も多少は剣の心得があるおかげでその手の勘はある。

 

 「おい」

 はたして、背後から声がした。

 

 「女中、なんで髪を結ってない?」


 女中?

 (て、私のことしかないよね)


 振り向いた冬乃の、

 目線のまっすぐ先に、透き通るような色白の綺麗な男が立っていた。

 

 冬乃はおもわず目を瞠った。

 

 綺麗な顔立ちといえど、あの土方同様、決して女性らしいわけではなく、

 かといって男くさいわけでもない中性的な、ひどく人目を惹きつけるような美男であり。

 それに冬乃より年下ではないだろうか。


 (誰あの超絶イケメン君は?)


 「冬乃と申します。貴方は・・」

 ひとまず名乗ってみた冬乃に、

 彼は近づいてきながら、ぴくりと、その優美な曲線を描く眉を持ち上げた。

 「俺は、山野という」


 山野・・・・まさか山野八十八?

 

 隊中美男五人衆と名高い彼ではないか。

 

 (でも、この人たしか、天保十二年とかそのくらいの生まれだったよね??)

 現時点の文久三年では、とうに二十歳は超えている。


 (年上にみえない・・・)


 まじまじと凝視してしまった冬乃に、

 何を思ったか山野がにやりと哂った。

 

 「おまえ、俺の質問に答えろって」

 

 (あ)

 「ごめんなさい、ええと?」

 「なんで昼間から髪を下ろしてる」

 

 もっともな質問に、冬乃は答えに詰まった。

 もっとも、とはいえ、どうでもいいことでもあるので、

 (誰かに、あえて面と向かって突っこまれるとは思わなかった・・・)

 

 「・・おろしているのが好きなんです」

 としか、答えようがなく。冬乃は苦笑いを添える。

 沖田様にイイと言ってもらえたからです、

 なんて口が裂けてもいえない。

 

 「変な女だな」

 (う)

 山野は容赦なかった。

 

 (・・なんでココのイケメン達って、こうなの)

 おもわず天敵土方の顔を思い浮かべながら、冬乃は目を瞬かせる。

 

 「まあ、でも」

 そんな冬乃の髪をじっと見て山野は、

 だが。

 

 「ちょっと、そそるわ」

 

 と呟いた。

 

 

 (・・・は?)

 

 ・・・そそる?

 

 目を丸くした冬乃の前、山野がにっこりと花のほころぶように笑って、冬乃の髪へと手を伸ばしてきて。

 

 その予想外の動きに、更に硬直した冬乃の、

 肩先に流れる黒髪を、山野の手が、さらりと撫でていった。


 呆然としている冬乃に、

 「おまえ、今夜あけとけよ」

 山野が当然のような表情で言い放った。

 

 (え、どゆこと?)

 最早ついていけないでいる冬乃に、

 「俺も、おまえだったら喜んで相手してやる」

 さらに追い打ちが来て。

 

 混乱する頭を抱えながら冬乃が、

 「相手って・・?」

 漸う聞き返すと、

 「言わせるのかよ、それ」

 山野が哄笑し。

 

 (・・・・。)

 なんだか、だんだん解ってきた冬乃は、そして眉間に皺を寄せた。

 

 ここは、庶民の男女交遊なら奔放な江戸時代。

 まして、よほど女にもててきた男なのだろう、

 すべての過程をすっとばして誘ってくるあたり、これまでそれで問題なかったということなのだろうけども。

 

 冬乃は、溜息をついた。

 

 「女が皆、貴方みたいな美男ばかりを好きになると思わないでください」

 

 つい吐き捨てた冬乃に。山野が目を見開いて、ふてくされたような顔をした。

 

 「だって、さっき俺に見惚れてただろ」

 

 「あれは、」

 (あまりにイケメンだからびっくりしただけだし!)

 ふてくされている顔すら美しい、その目の前の男に、冬乃はしかめ面を作ってみせる。

 

 「とにかく。私には想う人がすでにいるんです。ですから今夜はあけません」

 

 「なんだよそれ」

 つん、と返した冬乃に、だが山野はかえって興味を示してしまったようだった。

 「相思か?」

 「ちがいますけど」

 直球な質問に少々あたまにきた冬乃が、おもわず投げ返すと、

 「じゃあ、俺にもまだ機会はあるな」

 おもわぬ言葉が打たれてきた。

 

 

 (・・女たらしイケメン)

 冬乃は。もう呆れて笑ってしまい。

 

 冬乃のなかのイイ男の基準は、あくまで沖田なのだが、

 山野が女性にもてるだろうことも容易に納得できて。

 

 「ありません」

 とはいえ、とりあえず返辞を投げつけ、冬乃はぺこりと頭を下げた。

 「では失礼します」

 

 

 呆気にとられた様子の山野を残して、冬乃は下ごしらえを終えるべく、そそくさと厨房へ戻っていった。

 

     



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ