表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/372

3.


 おもわずぎくっと身構えた冬乃の前で、

 沖田のほうは慌てる様子もなく。ただ、引き時だと踏んだのか、開いていた行李と文箱等を片付け始めた。

 

 手際よく片付けてゆく沖田の手元を見ながら、

 冬乃は、八木家人たちが、ここ芹沢新見たちの部屋へ入ってくるはずもないのだと思い至り。

 

 部屋へ入るどころか、できるならば関わりたくもないだろうと。芹沢達が武士としての最低限の礼節こそ持っていようとも、それでも彼らには母屋の一角を占拠されたあげく、女を連れ込まれたり深夜まで酒盛りされたりと、好き勝手に振舞われているのだから。

 

 

 「さて、出ますか」

 まもなく片付け終えた沖田が、刀を掴んで立ち上がった。

 

 「私は庭から出ます。言わずとも御察しでしょうが、私をここで見たことは他言無用で」

 

 「はい」

 冬乃は慌てて頭を下げた、時だった。

 

 

 何が起こったのか、わからなかった。

 

 沖田に突然、腕を掴まれ。

 

 そのまま、強い力に為すすべもなく引っぱられ、目前の床の間へと上がる沖田に続いて引き上げられて。


 その刹那。冬乃の視界は回転し。

 

 床の間の壁に、背を押しつけられたと気づいた時には、

 目の前に、沖田の着物が迫って。

 

 

 「沖」

 「静かに」

 眩暈がするほどすぐ真上から、押し殺した声が降ってきて、

 冬乃は顔も上げられず。

 (どうして、)

 こんな事態になったのか、

 思い当たらないうえに、いま沖田の腕のなかに囲われている、この状況を頭が認識すればするほど、心が追いつくのに精一杯で。


 「このまま黙って・・じっとしてて」

 続いて低く囁かれたその言葉は、

 そんな冬乃に、はなから拒む選択肢など与えず。


 それでいて不安も恐怖も、与えることなしに、

 代わりにその言葉はまるで、強く穏やかに冬乃を抱き包むようで、ただ彼のなすがまま成り行きに任せていればいいと、

 そんな不思議な安堵感すら、一瞬にして冬乃に与え。

 

 (沖田様)

 冬乃を囲う彼の、体温の熱を感じながら冬乃は。そして震える息を押し出して、そっと目を瞑った。

 

 同時に、

 すらりと襖が開かれる音が響きわたった。

 

 

 (え?)

 

 冬乃は目を開けた。もちろん床の間の奥にいる冬乃からは、襖の側が全く見えない。

 八木家人がやっぱり入ってきたのだろうか?

 これまでとは別の意味で心臓が鳴り出す冬乃の前、

 

 冬乃を右腕で壁に囲ったまま、左手には刀を持っている沖田の、その指が、静かに刀の鯉口を切ったのを。冬乃は目の端で捉えて。


 息を凝らした冬乃の、耳には、

 誰かが襖の側の部屋で、行李を開けているような音が聞こえてきた。

 

 (・・・)

 冬乃達が今いる、床の間のあるこの部屋は、

 冬乃が先ほど入ってきた、玄関前の襖をあけてすぐの部屋からみると、ひとつ奥に位置する。

 二つの部屋の間の襖は、開け放ったままであり。

 あとちょっとでも、音の主がこちら側の部屋まで歩いてきてしまえば、この床の間もその視界に映るだろう。その時、沖田がいったいどうするつもりなのか、

 冬乃は、鯉口の切られた刀を目に、いやでも想像がついて。

 

 (誰だかわからないけど、こっち来ないで・・・!)

 冬乃はおもわず祈っていた。

 

 もっとも音の主が八木家人であれば、沖田がこんな反応をするはずがない。

 おそらく芹沢一派の誰か一人がふらりと帰ってきたのを、沖田がその剣客としての研ぎ澄まされた勘でいち早く感知したのだと。冬乃は思い至って。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ