1.
目の前には。
沖田の、江戸紫の着物襟と。
少しはだけた、その先にのぞく、
褐色の、分厚い胸板。
背には、
ひんやりと壁の感触。
息づかいの届き合う距離で。
冬乃は、
痺れそうになる心を
奮い立たせながら。
(・・どうして)
思い巡らす。
何故こんな事態になったのか。
「このまま黙って」
太い片腕を、冬乃の、顔の横に突いた沖田の。
「・・じっとしてて」
押し殺した、その低い囁きが、
冬乃の鼓膜を甘く刺して。
まるで冬乃の奥へと、
墜ちてゆくようで。
冬乃は。
浅く、吐息を
ひとつ零し。目を閉じた。
時遡ること四半刻 ―――――
コト。という物音に冬乃は顔を上げた。
昼下がりの休憩時間に、冬乃は汗をかいた肌着を着替えるため、八木家に戻っていた。
八木ご妻女から冬乃のために宛がってもらった行李を開けていたところに、今時分誰もいないはずの隣の部屋から物音がしたのだ。
(隣って、・・新見様たちの部屋なはず・・)
耳を澄ましてみても、
母屋の先に建てられた道場からの、野太い掛け声だけが、邪魔だてするように響いてきて。
(気のせい・・じゃないよね、でも)
抜き足で玄関までまわって、音のした部屋へ続く閉ざされた襖を冬乃は凝視した。
(ねずみ・・とか?)
音の原因が、この母屋の一階の半分を占拠している芹沢や新見たちで無いことは確かだ。
彼らが、町へ繰り出す後ろ姿を冬乃は先程見たばかりで。
彼らが帰ってくるときは、いつも騒々しい。仮に引き返してきたなら、すぐわかるはず。
カタカタと。
そして、また襖の向こうから、その音は聞こえてきた。
何かを、開けて回っているかの音・・・
(泥棒??・・・あ)
これこそ、隊内に潜んでいるかもしれない密偵という類いなのでは。
冬乃は今思い至ったその可能性に、とくとくと心臓を高鳴らせた。
(姿を確認しなきゃ・・)
だが、下手に動いたら危険なことも明らかで。
冬乃は、せめてもの護身用にそっと簪を引き抜き。差し足で、部屋へ近づき。襖をそっと開ける・・・はずだった。
内側から、冬乃よりも早く。
すらりと開けられた襖の、その向こうに立っていたのは。
「沖田様・・!?」
瞠目した冬乃の前、シッ・・と、沖田が悪戯っ子のような眼で、口元にその節くれた人差し指を立てた。
「どうしてこちらに・・」
最早なんとなく想像がついたものの、小声で尋ねてしまった冬乃に、
沖田が微笑って、手招いた。
縁側を障子で締め切った、薄暗がりの部屋の中へと。冬乃が入ると、
沖田が腕を伸ばし。不意に近づいた距離にどきりとした冬乃の、真後ろの襖を閉じた。
「少々、調べなくてはならないものがありましてね」
言いながら沖田が、探索の続きを行うべく、部屋の隅まで戻ってゆく。
彼の向かう先には、行李やら文箱やらが開けられて半ば散乱していて。




