90.
「さてと。まだ朝は早い。もう少し寝てても大丈夫ですよ」
物音で起こしてしまったかな
と。
冬乃が寝衣に羽織っただけの状態なのを気にしてくれたのか、ふと沖田がそんな台詞を言って。
冬乃は目を瞬かせていた。
「そんな。沖田様が起きているのに、私だけまた寝るなんて」
それに、早朝から仕事をしてきたのでは、もう空腹なのではないだろうか。
「なにか急いでお作りします。何でしたらお口に合いますか」
だが冬乃の返しに、沖田のほうが驚いたようだった。
「貴女は私の小姓じゃないんですから。そんな気遣いは不要ですよ」
(あ・・)
「すみません、差し出がましいことを」
「いや、申し出は嬉しいですよ。ただ、」
沖田が笑う。
「貴女をそんなふうに独り占めしたら」
皆に、やっかまれるからね。
そんな戯れた台詞を置いてきた沖田に、冬乃のほうは息を呑んだ。
(私、わかりやす過ぎ・・だよね)
当然この先も、冬乃はこういう言動を無意識に繰り返しかねないのだ。
周りに、そしてなにより当の沖田本人に。冬乃の恋慕が伝わってしまうのは、これでは時間の問題なのではないか。
(恥ずかしい・・)
もはや、何て返せばいいのか。
「とりあえず茂吉さんが来る時刻まで、八木さん家に戻りましょうかね」
冬乃が頬の紅潮を隠すべく俯いたところに、だが、沖田のいつも通りに飄々として穏やかな声が降ってきた。
「はい」
としか、返しようがなく冬乃は、沖田の目を見れないまま頷き。
沖田が八木家のほうへと足を向ける気配に、後へと続いた。
「そうだ、昨夜遅く、所用で出かけていた永倉さんと島田さんが帰営しているんですよ。まだ会ったことありませんね?」
冬乃は、弾かれたように顔を上げていた。もっとも、今の冬乃の反応は、前を歩く沖田には見えていないが。
(永倉様と島田様・・!)
彼らが遺した記録は、新選組の史観を大きく前進させてくれた。いわば新選組史の大恩人のような二人である。
「後ほど朝餉の席で紹介します」
「はい・・!」
(ついにお逢いできるんだ・・)
心躍らせた冬乃の、その声音の変化に。少々不思議そうに沖田が振り返って冬乃を見た。
冬乃が、照れ笑いを返し。
(もう沖田様は密偵とは疑わずにいてくれてるはずだし、彼らを知ってること、言ってもいいよね)
「永倉様と島田様は、未来で有名な方々なんです。お逢いできることが嬉しくて」
・・・あとからおもえば。そんな、浅慮な台詞をこぼしていた。




