84.
冬乃は外の騒がしさに、はっと目が覚めた。
隣を見やれば、為三郎がまだすやすやと寝息をたてて寝ている。
(よかった・・)
目の覚めた瞬間、
また元の世界に戻っていたらと。一瞬に不安にかられた冬乃は、大きく胸を撫で下ろした。
為三郎や周りの家族を起こさないように気遣いながら、 冬乃は体を起こす。
(何で、早朝からこんな騒がしいんだろ)
不思議に思いながら、障子へと手をかけて。
三寸ほど開けて外を覗いてみれば、喧騒はどうも前川邸の屯所のほうから聞こえてくるようだった。
それともみんな、もう朝の仕事にとりかかっているのだろうか。
つまりとっくに朝も遅くて、冬乃のほうが寝過ごしているだけなのだとしたら・・
(て。だったらやば)
思ったとたん冬乃は慌てて上掛けを羽織って、土間へ降りた。
とにかく厨房のほうへと足急く。
(茂吉さん、怒ってるよねぇもぉ・・っ)
屯所の裏口をくぐり、井戸を曲がって厨房へと駆けこむ。
「遅れてすみません・・・!!」
大声でガラガラと厨房の戸を引き開けた。
(・・・・はれ?)
誰も。いなかった。
冬乃は目をこらした。
朝餉が終わって片付けさえ終わった後なのか、とも思ったものの、
(いくらなんでも・・八木家のみんなして、そこまで遅くまでは寝てないよね?)
まだ冬乃が起きた時、為三郎の家族もそろって皆が寝ていたのを思い出す。
(・・べつに寝坊したわけじゃないのかな)
だが未だ朝遅くないのだとすれば、
いったい、この朝っぱらからの喧騒は何だろう。
冬乃は上掛けの前を整え、喧騒の元、玄関口へとそっと足を向けた。
そしてあと少しで様子が見える、という時。
刹那に、
「ご苦労でした」
大らかな響きで沖田の声が聞こえ。 冬乃はどきりとその場で立ち止まった。
ほぼ同時に、喧騒も一瞬で静まり返った。
「夕の巡察まで各自、鋭気を養っておいてください」
隊の長である沖田の言葉に耳を傾けている様子の広場の角へと、冬乃は抜き足で近づく。
「それでは解散」
その合図に。再び隊士たちの声が聞こえはじめ。
冬乃は。
そして我慢ならない衝動に、角にたどり着くなりその場を覗いていた。
なぜにも、
(マジでだんだら模様・・・・!!)
そう。
先の沖田の挨拶からして、彼らが隊務からの帰りであることは明らかで。
喧騒はそのせいだったのかと知ると同時に、冬乃は気がついたのだ。
いま彼らは、隊の制服を着ているはずだと。
新選組の制服といえば、浅葱色に白のだんだら模様で有名である。
もっともこの隊服が使われたのは池田屋事件の前頃までで、最盛期にはもう着られてはいなかったという。
見れるのは今のうちというコト。
(もぉ、超かっこいいよ)
冬乃は、こっそり覗く先の隊士たちが、何より、沖田が、だんだら模様なのを。わくわくと見つめ。
・・・が。
人の気配に敏感な剣客たちが気づかないわけがない、ことをうっかり忘れていた。




