79.
「春井、新庄」
前をゆく沖田の背が、振り返らずに二人を呼んだ。
「は・・」
冬乃の横で二人が、沖田の声にびくりと震えたように見えた。
呼んだまま沖田の歩調は変わっていない。この向こうを曲がれば、蔵の前に着く。
「そういえば、おまえ達が副長部屋のほうから走り出てくるのを見た者が数名いるが、・・何をしてた」
(何の話?)
唐突な沖田の問いかけに、おもわず冬乃が問われた二人を見やれば、二人の顔はこの月夜でも見てとれるほどに強ばっている。
「・・・何を仰っているのか、判りかねるのですが・・」
二人の返す声まで、こころなしか震えたように聞こえた。
(いったい何)
首を傾げる冬乃の前、沖田は振り返らぬまま二人に背を見せて歩み続けている。
春井が声を追わせた。
「私達は副長部屋のほうへ行った覚えはありません。人違いではありませんか」
「それは変だな。おまえ達を見た者は一人ではない、慌てて走り出てくるもんだから、みな何事かと心配していたそうだ。・・だがまあ、覚えがないならいいんだ」
「・・・・・」
四人は蔵の前に来た。
その刹那―――――何が起こったのか、
考える間も無く冬乃は、突然に目の前に降ってきた白刃から飛び下がった。
瞬間に、慣れない着物の裾に足をとられて、さすがに今度は転んでしまった。
二の太刀の光が落ちてきて、
もうだめか、と思ったのに、だが。何も来なかった。
(・・・っ)
冬乃は瞑ってしまっていた両目を見開き、前に交差した両腕をおろした。
その目の前に差し出された大きい手に、冬乃は顔を上げた。
「大丈夫?」
見上げた先は、
「冬乃さん?怪我は」
沖田のいつもの穏やかな眼。
「あ・・ありません、」
(いま何が起こったの?)
冬乃の座り込んでいる位置より三歩程度向こうには、倒れている二人の姿がある。
(まさか・・・)
「ハッタリが、本当にあたるとは」
と、独り言ちた沖田を呆然と見やった冬乃の、その手はそして、いつかの時のように力強く引き上げられた。




