78.
四半刻前────
「座れ」
白皙の美しい額に険しい皺を寄せ、土方は自分に呼ばれて部屋に入ってきた沖田を行灯の向こうに見上げた。
「俺が夕餉に出ている間に部屋へ忍び込んだ者がいる」
「何か捕られましたか」
即座に返した沖田に、土方は首をふった。
簡単には見つからないところに機密書類を置いている。
忍び込んだものの下手人は、まもなく廊下の向こうから響いてきた土方と近藤の話し声に慌てて飛び出したのだろう、あらゆる小棚が開けっ放しだったが、捕られたものはなかった。
「残念だが姿を見ていない。だが下手人は、」
「十中八九、隊内でしょうね」
そういうことだ。
土方は頷いてみせ、しかめ面のまま手にとった茶を飲み干した。
隊の者でもない限り、外来との面会時間も過ぎた夜に、屯所内を見咎められることなくうろうろできる者はいない。
「ったく・・。あの冬乃という女といい、今夜の侵入者といい、俺の部屋の敷居はそんなに低いンかよ」
「・・で、俺にその下手人を見つけろと?」
土方の言い草に喉で笑いながら沖田が問うた。
行灯の光にきらきら光る土方の大きな瞳が、ふっと微笑い返した。
「そうだ。まず少なくても、あの女である可能性は低い。俺が夕餉の席に来た頃、茂吉さんと出て行ったのを見たから厨房に行っただろうよ」
「すると俺には、その後確かに彼女が厨房にいたことを確認しておけと」
「ああ、そしてそのついでに下手人探しも頼まれてくれねえかってことだ」
土方の部屋に忍び込んだ者が、間者か、それとも芹沢派の息のかかった者なのかは分からない。暗々裏に計画している新見の件の実行予定日も近づいている今、へたに騒ぎ立てるのは得策ではなく、
ここは土方の最も信頼のおける身内で内密に下手人を捜索したいのだ。
「なに、目星はついてるからそいつらを洗ってほしいんだ」
「やってみますよ。ついてる目星はどのへんです」
「まずは非番の春井、新庄だ。この二人はそろそろ動き出すんじゃねえかとは思ってた頃だ」
間者ではないかと踏んでいる者達を、沖田らは決定的証拠を掴むため泳がせてある。
「それから次に洗うのは今夜やはり巡察に出ていない、荒木田、越後、御倉、それから芹沢方の平間、飯守、越野・・」
土方が次から次へと羅列してゆくので、沖田がついに噴き出した。
「まったく、うちには泳いでる魚が山程いるからね。一度に全部洗うんじゃ大変だ」
ちろり、と土方は、そんな沖田を見返した。
「そいつらがまな板に乗るかどうかは、おまえの網の張り方次第だ。頼んだぜ」




