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74.


 冬乃は抜き打ちされた刀の剣線をぎりぎりで見切って、飛びかわした。

 

 着物の裾が乱れたが、それどころじゃない。


 誰かが騒ぎに気づいて来てくれるまで、この喧嘩、負けて死ぬわけにもいかないわけで。


 (この二人相手なら、なんとかなる・・・こいつら絶対強くない)

 

 つわもの独特の雰囲気が薄かった。組の中でも下の下だろう。

 

 沖田や山南ほどの遣い手であれば、元々こんなくだらぬ事で刀を抜く自体無いが、(しかも女に向かって!)、

 たとえとして沖田達ほどの遣い手だったならば冬乃は、なんとしてでも相手に刀を抜かせはしなかった。負ける喧嘩はしないつもりだ。

 

 だが、

 (土方様、こんな程度のやつら、なんのために組に入れたの?)

 

 この二人に関しては、おもわず首を傾げてしまう。

 


 一方、男達はまさか、抜き打ちを冬乃にかわされるなどと想像もしていなかったのだろう、

 

 動揺し、次の瞬間には激昂した。

 

 「おぬし、くのいちか・・!やはり本当に密偵だったのか!」


 (くのいちィィ?)

 

 おもわず噴き出してしまった冬乃に、男達が益々激昂し。

 

 「おのれ、本当に密偵であったならば話は早い!」


 「密偵じゃないって言ってるでしょ!」

 「この期に及んでシラをきるか!」


 (ああ、うざ・・・っ)


 背を見せるわけにいかないから、冬乃はじりじりと後退さりながら、

 二人に囲まれるのを防ぐため、視界の端にとらえた井戸のほうへと下がってゆく。

 

 今日沖田に買ってもらったばかりの、まとめ髪の頭に飾った銀製のかんざしを引き抜きながら、

 

 冬乃は井戸の台を踵に感じて、そこで止まった。

 

 男達が笑い出し。

 

 「そんなもので、刀を防げるつもりか!」


 (あんたたちの刀だったらね)


 井戸を背後に、

 そして井戸場の屋根を支える柱に、体の左右を守らせ、

 

 冬乃はかんざしの脚側を前にして、構えた。

 




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