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62.


 (千秋、真弓。私、幸せだよ今)


 今の想いを一番に伝えたい友の存在を、

 冬乃は胸に想い浮かべた。



 今は未だ。向こうの世界を捨てる覚悟でここへもう一度来てから、少しも経っていなくて、


 だからこんなふうに二人の事を想っても、痛みを伴うことなく温かい気持ちになれるのだろう。


 だがいつか、ずっとここに居続けるうち、冬乃は二度と二人に逢えないかもしれない想いに、打ちひしがれるに違いなく。


 それでも自分は、

 ここへ再び戻ってきたあの瞬間のように、

 沖田の傍に居られるこの世界を選ぶだろうと。


 冬乃は深く反芻しながら、

 最後の膳を用意し終わり、立ち上がった。



 母親のことを。思い返さないようにしている己の心に、そんな淡い葛藤にすら。冬乃は目を伏せていた。




 「冬乃はん、無理せえへん程度に持ってきてや」


 広間に留まって支度をしている茂吉が、出てゆく冬乃の背に声をかけた。


 「はい。そうしたら次も三段に留めて、持ってきます」

 (四段ずつくらいいけるけどね)


 冬乃は振り返ってそう告げると、今の冬乃の言葉にぽかんとした茂吉に、微笑み返した。





 その後も何度か、膳を担ぎながら厨房と広間を往復した冬乃は、


 そして最後の五つの膳を、左に三つ、右に二つ重ねて持ち、

 廊下を隊士達がぼちぼち広間へ向かっているのを見ながら、庭を横切り。


 廊下を通り広間へまっすぐ向かう隊士の誰も、庭の暗がりのほうへ目をやることなく、厨房から庭を歩いてくる冬乃に気づく者はいないようだった。


 (あ、)


 廊下をゆく隊士達の波の中、やがて、

 その背の高さで頭ひとつ抜きん出た沖田の姿が、冬乃の目に映った、


 直後。

 彼は冬乃のほうを向き。


 まさかこちらの庭のほうを見るとは思ってなかった冬乃が、目が合って慌てて頭を下げようとしたより前に、

 廊下の人波から出て沖田が、その辺の庭下駄をつっかけ、降りてきた。



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