52.
「こうも男ばっかの所やから、若い女子で使用人希望してきたんは、あんたはんが初めてやで」
沖田に連れられて着いた先の使用人部屋に居たのは、茂吉という男で、
「あんたはんほどの別嬪やったら、騒がしいことにもなりそうやわ」
先ほどから、沖田と別れてこの男に厨房やら井戸場やらと冬乃は案内されながら、ひっきりなしの会話責めにあっていた。
しかも早口とくる。
(黙ってる時間無いし、このひと)
年のころ四十あたりだろう。冬乃より背が低い彼の顎には、短い無精髭がボツボツ生えているのが見える。どうも、今朝は髭を剃っていないのか、伸ばしているのか。
(こんなカンジのひと、お笑い芸人にいそう)
不思議なことに風貌からしてすでに、この男には弾丸トークをかますような気配が見受けられるのだった。
風貌までそうなるからには、これまでの人生の百分の九十九の時間、話しながら過ごしてきたんじゃなどと、冬乃は聞き流す間そんなことを想像しながら、
(なんか)
そうして屯所内を茂吉に連れられ歩く間も、
すれ違う隊士たちの無遠慮な強い視線を感じていて。
冬乃は、自身の容姿が幸にも不幸にも影響して、他人から無遠慮に見られることは、諦めに近い想いで慣れてこそいるものの、
時代が変わっても同じ目に合うことに、そんなものかと思いながら、
(いや、)
ふと。
・・・今、それもそのはずだ、と。
冬乃は、己の状態に気が行き始めた。
そういえば、またも、道着を着ているままなのだ。
女が稽古着を着て、もとい女人人口皆無といっていい屯所内を歩いていれば誰だって、凝視するだろう。
と思い当たりながら、冬乃はふと首をかしげていた。
(体ごと移動しているわけじゃないのに)
初めに来たときも。来ていた間も。
ここへ戻ってきたときもきっと。
体は、もとの世界・・千秋たちの傍に在るまま。意識だけ引っ張られてここへ来ているのだとしか、言い様がない。
すると、
もしも。万が一向こうへ帰ってしまうことがあった時に。
(こっちで道着を脱いで、他のものに着替えていた場合は・・?)
向こうでは道着のままなのだから、道着のまま。
そのあとに、こっちへ戻ってこれた時の格好は、また道着になっているのか、それとも最後にここで着ていた格好のままなのか。
(・・?)
なにか、不可解な感は消せようになかった。
いっそ昔読んだニュートリノがどうののタイムスリップの現象そのままだったら、他になんら考えうるものがあるわけでもない冬乃には「そういうことかな」と納得のひとつもできたかもしれないが。
(だいたい、)
体が元の世界に在る以上。もし向こうで冬乃の体に何かあった場合・・たとえば今この瞬間にでも向こうで大地震でもあって、
(考えたくもないけど)
体のほうが、死んでしまったら。
・・・そして、そんな時にもし戻ってしまった場合。
(私の”意識”が帰る体がない。つまり・・・)




