38.
「冬乃!!」
真弓が部屋に飛び込んできた。
「よかった、もうこのまんま意識なかったらどうなっちゃうのかと・・」
「・・私どのくらい、意識無かったの」
「五分くらい。ああもう、ほんと良かったぁ・・」
ぎゅううと真弓に抱き締められながら、冬乃のほうはおもわず耳を疑った。
(五分・・・・??)
「・・って五分前に私、大会場で倒れたってこと、だよね?」
「・・そう、だけど?」
何でそんなことを確認するのかと訝しげな表情で、真弓は冬乃を腕から離す。
「さっきの人がぁ、たまたまあの場に居て、冬乃をここまで運んでくれたんだよね」
ベッドに腰かけながら千秋が言う。
「医者の卵ってカンジの人らしいよ。てか思ってたんだけど、ちょっとかっこ良くない、あの人?」
「千秋。あんた、これ以上はマジ目移り禁止だから。」
真弓の指がピッと千秋の小鼻に当てられた。
「にゃあん」
「・・・・?」
あいかわらずな二人のやりとりを聞きながら、冬乃はすっかり混乱した頭を抱えた。
あの、壬生での出来事を冬乃は、今も克明に思い出せる。
それに、ここに戻ってきたと知った直後、冬乃の脳裏に浮かんだのは、『帰ってきた』という感覚だった。
(そう、”帰ってきた”のであって、夢なんかでは)
夢と言うには。
あまりにも、はっきりと記憶に根付いている。
夢を見ていて目が覚めたような、あの感覚とは明らかに違う。
体感さえ残っていた。
為三郎と厠から戻ってくる間の、足の裏に踏み締めた冷たい廊下や、
少しお線香の匂いのする布団の重さ、
共に食べた食事の味までも。
(だけど・・)
その間、自分がこの世界から消えていたわけではなく。
この医務室のベッドに横たわっていた。
(どういうこと?)
なにより、
五分、という時間。
「冬乃、なんか顔色よくないけど、大丈夫?」
「うん、・・」
(・・・・戻れるの?)
強く胸に去来するのは、その疑問だった。
「冬乃?」
千秋たちが心配そうに冬乃を覗きこむ。
(この二人にもう一度、逢えてよかった)
本当に良かった。
そう思うのに、
それでも、・・
「冬乃、本当に大丈夫?」
もうあの世界に戻れないかもしれないことが、怖い。
「・・ごめん、心配かけて。大丈夫」
「大丈夫ならいいけど・・。でももうちょっと寝ときな」
言われるままに冬乃はベッドに再び身を横たえた。
「うちら、ついててあげるからさ。ね」
「ありがと・・」
一度はあれだけ帰ることを焦がれたこの世界。
「冬乃はぁ、がんばりすぎ。これからは無理しちゃだめだよ」
「うん」
なのに帰ってきた今、心を埋め尽くしてゆく想いは、
いますぐ彼にもう一度逢いたい、そればかりで。
「今日くらいゆっくりしておこ?」
「うん・・」
もしも、
あの世界に戻れないのだとしたら。
(もう逢えない・・・・)
「ちょ・・冬乃、どうしたの!?」
「・・っ」
一気に涙が溢れて。
「冬乃、」
「平気・・ごめ・・」
(ごめん、二人とも)
今はっきりと思い知った、
自分の本当の願いに。
冬乃は慌てて涙を払いのけ、布団を顔まで引き上げた。
(私は)
この世界を捨ててでも、
彼の傍に居るほうを、選びたいのだと。




