37.
「・・・千秋?」
起き上がっている冬乃を見て、慌てて駆け寄ってきたその姿に。
冬乃はここが何処であるかを、はっきりと知った。
「気がついたんだ・・!!よかった・・冬乃、いきなり倒れたの覚えてる?!」
「倒れた・・」
「そぉだよ!」
「これまでにも倒れたことはある?」
白衣の男が追わせてきた問いに、冬乃はふたたび首をふった。
「冬乃さんには外傷も脈の乱れなども無いので、極度の疲労が原因だと思う。ゆっくり休ませてあげて」
「あ、はい。ありがとうございました!」
白衣の男へと千秋が礼をする。
「・・と、冬乃、わたし真弓よんでくんね」
手にしていた洗面器を置いて、千秋は扉のほうへ引き返し。
「冬乃のお母さんに何度電話しても通じなくて、真弓がさ、冬乃のお師匠さんをいま代わりに探しにいってんだけど・・もう必要ないよね」
千秋は言い終わるや慌しく出て行った。
白衣の男が、聴診器や体温計を適切な引き出しにしまってゆくのを冬乃はぼんやりと眺めた。
「じゃ、俺はこれで」
ここの医務室勤めの研修生といったところだろうか。
彼は、冬乃のベッドわきまで戻ってきた。
「何かあったら俺のケータイにかけて。まだ暫く、下の大会場で後片付けしてるから」
「はい・・」
番号のメモを渡され、冬乃はぺこりと会釈する。
(消えてたんじゃ、なかったんだ・・)
ドアの向こうに去ってゆく彼の背を見送りながら、
冬乃は溢れてくる安堵感に深く胸を撫で下ろした。
自分がこの世界で霧のように掻き消えたのだと、
思っていたのに、自分は確かに、此処にきちんと存在しているのだ。
(よかった・・・)
込み上げる安堵のなか、だが同時に、冬乃は迫るような虚無感をおぼえた。
(沖田様)
心に想い浮かぶのは、目に焼きついている彼の姿。
・・・あの彼は、夢?
(まさか)
そんなはずがない。
彼も、あの世界も、決して夢なんかじゃ・・・




