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100.




 「この前の話の続きってわけじゃねえが」

 

 江戸城から帰ってくるなり。

 

 近藤の部屋に幹部を集めて、土方が口火を切った。

 

 

 いったい城で何を話してきたのかと、

 見るからに興味津々の永倉たちへ共有するためだ。

 

 

 「組に、大砲がまだまだ圧倒的にたりてねえのは周知のとおりだ。ゆえに買ってくれと、」

 

 お?

 と永倉たちが身を乗り出す前で。

 

 「・・までは、さすがに直には言いやしなかったが」

 土方がふっと哂う。

 

 「とにかく戦さには刀だけじゃ役不足だ、大砲が不可欠だと、それだけとくと話してきた。察しが良けりゃ、すぐにでも動いてくれるはずだ」

 

 

 これから先も、戦さの現場に出ることはないだろう城勤めの人々を前に、

 土方は先日での会話のような、刀槍と大砲銃器の活用の違いやらの多くは語らず、唯、いま新選組が欲している大砲の重要性だけを強調してきたらしい。

 

 (・・・)

 後ろで茶を用意していた冬乃は、おもわず顔を伏せた。

 

 このあと歴史通りならば、残念ながら土方の期待は外れて、

 彼ら旧幕府からは大砲代どころか、諸費用までも支給される様子がないままなので、結局、土方たちは当座の分を会津に立て替えてもらうことになったはず。

 

 

 「・・で、上の様子はどうだったよ。そういう話が出来たってこたあ、ついに戦さの心積もり一色なのか?」

 

 永倉がそして、さらに身を乗り出して尋ねた。

 

 「いや・・」

 だがそれには近藤が、土方の横で重々しく答えて。

 

 「城内の議論は未だ二分していた。交戦を唱える側と、あくまで恭順を貫くを唱える側と」

 

 「なんだあ?」

 原田が、その豪快な眉毛を八の字に下げた。

 「てえと上様は、恭順なさられるおつもりのまま、ってえ事なのか?!」

 

 「ああ・・しかも御決意は更に固く、どんなに優れた戦略の案にも一切、御耳を傾けなさられぬとの事だ・・」

 

 

 「・・・もしこのまま御心変わりがなければ、どうなっちまうんだ?」

 

 永倉が遂に、身震いしながら呟いた。

 

 

 「俺たちは俺たちのすべきことをするしかねえ」

 

 土方が。慶喜のそんな頑なな決意など想定していたかのように、小さく息を吐いた。

 

 「上様が恭順なさろうと、薩長が江戸を攻撃せんと東下してくれば手前で食い止めることに変わりねえ。上様が戦いたくないってんなら、俺達は、そんな上様でもあわよくば殺めようと手をこまねく奴等を阻止するだけよ」

 

 「お・・そうこなくっちゃ!」

 原田が一番乗りに賛同する。

 

 「こちとら勝手に戦って、勝手に上様をお護りするだけとな!」

 

 「・・だが、上様のご命令がないまま、勝手に戦うというのは・・」

 近藤が、戸惑った表情でそんな二人を見遣った。

 

 

 「勝手上等さ。惧れ多くも先帝の御意に反し、徳川家に取ってかわろうとしている輩どもに、上様と江戸は渡さねえ・・!」

 

 「そのとおりだ!」

 土方の返事に、永倉も遂に勇み立った様子で大きく頷いた。

 

 

 三人を見回して困ったように微笑んだ近藤が、それから言葉を発することはなく。

 

 

 城内で会う人々に、戦う事を改めて訴えながらも、幕閣からは慶喜の変わらぬ決意を聞いた近藤が、

 いまその心中に迷いの嵩を増しているのは、冬乃の目にも明らかだった。

 

 

 「・・まあ、まずは懸命に上様を説得されているお方々のご尽力を信じて待とうぜ」

 

 黙したままになった近藤に、土方がそんな慰めの言葉をかけるも。当の土方が、慶喜のこの先の心変わりをもはや信じてはいないのだろう。

 

 「・・・」

 

 近藤がつと冬乃を窺う気配がして。冬乃ははっと顔を擡げた。

 

 そこに確かに近藤の探るような眼差しを受けて、盆の湯呑に添えていたままの手が震えるのを、必死に抑えながら。

 

 

 

 慶喜が恭順の意志を通しきる未来は、もうまもなく明らかになってしまう。

 

 城内で恭順の道を推進していた勝海舟を中心とした派閥が、慶喜の意を受けて取り仕切るようになり、主戦派は城を追いやられてしまうからで。

 

 その追放された者のなかには、会津の容保も居た。

 

 尤もこれにはさすがに、散々慶喜や旧幕府に振り回されてきた彼と会津への同情の声が、秘かに主戦派だけでなく恭順派からも囁かれた。

 

 元々なりたくてなったわけでもない京都守護職を、それでも懸命に勤め抜き、

 争乱の前線に立つ新選組を支え続け、そうして徳川幕府を他のどの藩よりもすべてをなげうって護ってきたのは、会津だっただろうに。

 

 

 (近藤様)

 

 この場で近藤が、はっきりとそんな近い未来を尋ねてきたのなら、冬乃は今回こそは覚悟を決めて伝えるつもりで、息を凝らした。

 

 

 だが近藤はやがて、冬乃からつと目を逸らして。今日は疲れたと弱く微笑むと、場を解散した。

 

 

 

 

 

 

 冬乃は、どこか辛そうに近藤を見守っていた沖田が、近藤の掛け声に合わせ冬乃を促して部屋を出るのへ続いた。

 

 去り際に近藤の湯呑を置いてきたけれど、残りの湯呑をどうしたらいいか迷って冬乃は、両手に盆を持ったまま廊下で立ち止まる。

 

 「せっかくだから貰うぜえ」

 (あ)

 そんな冬乃の後ろから原田が、ひょいと盆の上の湯呑をひとつ取り上げた。

 

 「はい、あの、皆様も・・」

 急いで永倉たちを見渡した冬乃に、応えて彼らも湯呑へ手を伸ばしてくれる。

 

 「元気出してくれるといいな・・」

 原田が悲しそうに近藤の部屋の襖を振り返って。

 

 「・・ああ」

 土方が思惑顔で原田たちに頷き返し、手にした茶を飲みながら部屋へと戻っていった。

 

 

 冬乃は、沖田と同じだけ始終無言だった斎藤へと、盆をそっと進ませた。

 

 「斎と・・山口様も、宜しければ」

 

 慣れない呼びかけに訂正しながら冬乃は、斎藤を見上げる。

 

 じつはこの時期、斎藤はとうに改名して山口姓を名乗っている。

 

 新選組を分離して伊東たちの組に参入した者が、新選組へ戻って来ることは本来、禁じられていた以上、斎藤は形式的に改名して再入隊したのだ。

 

 尤も幹部の皆は彼の改名を忘れているかのように、斎藤姓のほうで呼び続けているのだが。

 

 

 「有難う」

 

 受け取ってくれた斎藤を前に、冬乃はふと嬉しくなって微笑んだ。

 そう、思えばこのつかの間の今こそ漸く、また沖田と斎藤が二人一緒に存分に稽古のできる機会なのだと。

 

 とはいえ、斎藤は先の戦さで少しながら負傷したため、完全に傷が癒えてからにはなるのだろうか。

 

 

 

 

 似たような事を考えたのかは分からない。

 

 沖田が、冬乃を連れて部屋に戻るや否や、冬乃を振り向いた。

 

 「久々に稽古しない」

 

 と。

 

 (あ・・)

 

 

 未だどこか辛そうな色を残す眼を、冬乃は見上げた。

 

 

 無心に、剣を振っていると救われる

 そんな経験が冬乃にも多くある。

 

 「はい・・!」

 

 今そんなお供が出来る事を、冬乃は心から感謝して大きく微笑んでみせた。

 

 「それから」

 つと沖田の大きな手が降りてきて冬乃の片頬を包み。

 

 「今夜は、外出しようか」

 

 (え)

 そのもうひとつの誘いに、驚いて冬乃は目を見開いた。

 

 これは。

 冬乃にとって初めての江戸散策になるではないか。

 

 それもいきなり、夜の大江戸。

 

 

 「・・はい!」

 

 包まれる頬のまま喜色いっぱいに微笑んでしまった冬乃に、沖田が満足気に頷いた。

 

 






  

 

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