96.
冬乃を一人部屋にするなら、沖田の目の届く範囲か、せめて幹部たちの部屋の近くでなければならないと。
沖田がそう心配してくれてしまうのは、冬乃にも分かっていたから、
どうしたことかと冬乃は、前をゆく沖田を引き続きハラハラと見上げた。
沖田自身は更に、近藤の部屋の傍であることも条件とするに決まっている。
だが、近藤の部屋のある列には、既に土方、そして永倉たちが詰めていて、
同じ二階にかろうじて、吹き抜けを挟んだ反対側の階段沿いに小さめの空き部屋がひとつあるだけで、
残りは一階の大広間の向こう、庭園を囲んで連なる、主に平隊士たちの部屋の側にしか、空きは無い。
聞いている話のかぎり、しいていえばその一階にも、幹部を含む監察が共にいる部屋ならばあるものの、都合よくその左右に空き部屋があるわけでもなく、
また果たして島田以外とはさしたる面識もない身で、冬乃が突如同室を願い出て押しかけていいものなのか。いいわけがない。
土方は、ああは言ったが、
(これって選択肢が・・)
無いのでは。
冬乃は見遣った吹き抜けから、再び前をゆく沖田へ視線を戻す。
沖田はやはりというか、階段を下りず素通りし、例の空き部屋へと向かってゆく。
(総司さん・・)
沖田がどうして頑なに冬乃とのふたりきりの同室を避けようとするのか、聞かずとも。冬乃とて、もう理解している。
彼がもう、冬乃を抱かないと決めているのであろう以上は、ふたりきりの夜など、互いに辛いだけだと。
(ごめんなさい・・・)
「俺達は此処にしよう」
とうに諦めたような声が、振り返らぬままの彼から聞こえて。
襖を開けて部屋へ入ってゆくその背に、冬乃は咄嗟に返せる言葉も無く続いた。
それでも、
襖を閉めてふたりきりになった直後に、
かわらず沖田の硬い腕が冬乃の背にまわって、冬乃は深々と抱き締められた。
これだけは以前のままでいてくれるのだと、
寂寥もせつなさも綯い交ぜになったままの安堵が、冬乃の胸内を急速に拡がり。冬乃は目の前の温かな胸板へ、限界にまで頬を寄せて縋りついた。
あの時から沖田が己の心に張り巡らせた箍を、もはや冬乃がはっきり気が付いているのか如何かは分からない。
だが泣いていた様子で戻って来た夜から、恐らくそうではないかと沖田は想像してはいた。
(すまない)
何度繰り返したか分からぬ想いを沖田は、今また声に乗せぬ侭、胸内に呟いていた。
冬乃は、此処の世に居続けたいと願っているというのに。
それもきっと二人の関係のはじまりから、とうにこんな時世など、覚悟の上で。
それでも己は反して冬乃に帰るよう願い、冬乃は聞き入れてくれている。
沖田の側の勝手な我儘も同然の、この願いを。
己がこの先は、傍に居て護ることも幸せにすることも叶わぬのなら、
冬乃には只々、無事に、生きていってほしいと。
そしていつかはまた、幸せだと笑えるようになってくれたなら。
かつて此処の世でそれを望み、冬乃に遺そうとしたあの頃が、
自身で酷く羨ましくも、そしてほんの数年前とは思えぬほど遠くに感じる。
あの頃の、己がいつ死んでも、冬乃が近藤の実家の庇護下で生涯困らぬように、
そして叶うなら、己との子や孫に囲まれ幸せに生きていってほしかった思いが。
「・・総・・司、さん・・」
不意に零された冬乃の声は、あまりに寂しげな音色を帯び。
沖田は腕の中を覗き込んだ。




