95.
(・・え?)
京屋の時同様、二人は当然のように永倉たちの居る部屋へと、入ったものの。
入るなり、永倉と原田が言い出した。
自分たちとは別に沖田と冬乃で部屋を取ればいいと。
「ですから、無用のお気遣いです」
沖田がにこやか且つあっさりと断る横で、冬乃は勿論何か返せるはずもなく俯く。
「べつに此処じゃ部屋はまだ空きがあるんだしよ、」
だが永倉が尚も続ける。
「一応は仮の屯所のように使うっつったって、旅籠には違わないんだし、近藤さん達も此処でまで夫婦のおまえらにどうこう言いやしないだろ」
そうして至極当然とばかりに勧めてくる。
「それとも何だよ、沖田のくせにまさか照れてるわけじゃねえよな」
「なんです、沖田のくせにとは」
もはや苦笑するしかない沖田に、永倉がそのままの意味だと真顔で返す横で、
「夫婦はできる時に水入らずで過ごしておくべき!」
原田が、京に残してきた妻おまさを思い出すがゆえか、力説してきた。
どぎまぎしながら沖田を見上げた冬乃の前、沖田は「では」と二人を見据えた。
「言い方を変えます。これは頼みと、お受け取りください」
「部屋はご一緒させていただきたい。ご迷惑でない以上」
「・・・」
永倉と原田が顔を見合わせた。
「なんだって二人きりになれるのにそんな拒むんだ?」
そして、やはり至極尤もな疑問を原田が呟いて。
「・・・・じゃあ俺らが迷惑だと言ったら?」
永倉が。にやりと哂った。
「・・で、それで何故、俺の部屋に来ようとすんだよ」
永倉と違いこちらは本気で迷惑そうに眉をひそめる土方が、
永倉たちの部屋を追い出された二人を見上げた。
襖を背に立つ沖田と冬乃は、そんな部屋の中の土方を仕方なさげに見下ろす。
「さすがに、『局長』かつ御旗本であらせられる近藤先生の部屋に押しかけるわけにはいかないでしょう」
沖田がわざとらしく溜息をつく。
「あ?なんで俺の部屋ならいいんだよ、俺も『副長』なんだが?」
土方が更に眉間をよせる。
俺だって一人部屋がいいんだと、その眼は強く語っている。
「永倉たちが言う様なてめえら二人だけってのは、近藤さんは構わぬと言うだろうが、俺は構う、だからそれを避けようってことには賛成するさ、だが俺の部屋に来るわけがあるか。部屋は余ってんだ、別々に取りゃいいじゃねえかよ」
「俺が一人部屋なら、永倉さん達も一人部屋ってのが筋でしょうが」
「おまえは一番組頭だ、仮に永倉達がそこで同格扱いにならずとも、気にされやしねえだろ。大体おまえの立場は元から・・」
ハラハラと冬乃は沖田と土方を見遣る。
語尾で声をひそめた土方が言わんとしたことは、冬乃にも判った。
近藤土方沖田の三者は、組の誰しもが認識している“中核” 中の中核であって、
今は亡き井上も含めて彼らと、それ以外の者とで括った場合には、その間に見えない壁がどうしても存在している。
それは、彼らが剣流派の同門という絆をもつが故も然ることながら、彼らの長きにわたるつきあいの深さも、他の者達との比ではないが故でもあり。
そんな壁の、内側の存在である沖田の暗黙上の立場は、
永倉たちのそれよりも、互いに表向きには顕さずとも実質“上格” 同然である事は、否定しようがなく、
永倉たちとて当然にその差は承知している事でしかないはず。
「・・ともかく、」
だが沖田は肩をすくませた。
「“組頭” は同格でしょう、一番だろが二番だろが。それに向こうは年上ですからね・・俺だって気を遣いますよ」
「いつも年上の俺に対する態度じゃねえ奴が、どの面下げて言ってきやがる?!」
さらにハラハラと冬乃は沖田と土方を見遣る。
「その気遣いをもう少し俺にもしやがれってんだ」
文句を吐き捨てた土方に、沖田が哂った。
「いつもしてるでしょうに。分かりませんかね」
「あぁ?分かるかッ!」
さらに重ねてハラハラと冬乃は沖田と土方を見遣る。
「いいから、一人ずつ部屋取れ!」
そして冬乃たちは。土方からも、あたりまえだが追い出された。




