89.
「それなのに万一帰されてしまった時には、必ずまた戻ってきたいんです。これまでみたいに何日も何カ月もおかないで、すぐに此処の世へ、総司さんが居てくださるうちに戻してもらえるように、・・そして」
冬乃は震えた手を強く握り込んだ。
「・・総司さんが、亡くなられてからは・・総司さんの心配されているような事には決してならないよう、すぐまた向こうへ帰れるように・・・しっかりお願いしてきます・・から・・」
「・・・本当に、・・」
冬乃はこみ上げそうな涙を抑え、改めて訴える。
「お願いしたら、きっと聞いてもらえますので大丈夫です・・」
「そう言える根拠は」
「それは、あの、・・これまでは色々行き違いがあったんです、ですが前回の時にきちんとすべて話せてきたので・・・、ですから本当に次こそは・・」
「・・・」
次こそ。その言葉も既に以前、沖田に言ったことがあったではないか。なのに、その後にまた、冬乃の意思に反した行き来をしてしまっていた。
冬乃は口にしながらそんなことも思い出して、
「ごめんなさい・・でもどうか信じてください・・・」
もう縋るしかなく。
「可能だと信じたいが・・」
はっと冬乃は瞳を揺らした。
「冬乃は最後に戻って来た時『もう此処に永住できる』と言ったね。
だが冬乃は同時に、また期せずして急に帰されてしまう事があるとも思っているよね」
(あ・・)
「それでは、永住は許されても、“前回の時にきちんとすべて話せてきた” 甲斐なく、他はかわらず冬乃の願い通りにはならないままであると冬乃自身が思っているように俺にはみえる」
冬乃は、ついに俯いた。
そのとおりで。今まさに冬乃は沖田の目の前で、『もし望まぬ内に早々に帰されてしまったら』と心配して、また戻って来させてと訴えてしまっているさなかだ。
――あの時も、
元の世に冬乃が帰れる方法を探るために、雪山への再訪を考えていた沖田へ、
冬乃は言っている。
『またいつかは急に帰されてしまう時があると思う』と。
これでは大丈夫と口では何度も言いながら、心に抱えたままの冬乃の不安が沖田に筒抜けているのは当然ではないか。
「・・行き来が冬乃の願い通りにならないままでは、」
沖田が溜息をついた。
「もしこの後、冬乃が『願いに反して』俺の死よりも前に未来へ帰された場合に、
永住は聞き入れてもらえているなら戻ってくるほうは叶うだろうが、」
「さらにまた未来へ帰る事まで叶うかは、今の時点で保証が無い・・」
冬乃は弱々しく顔を上げた。
(その事だけは、)
「保証は・・あります・・」
どうして言い切れるの
そう問いたげな、心配そうな眼が、冬乃を覗き込んだ。
永住させてもらえるはずもない
――この奇跡に課された、沖田に関わるすべての使命を果たしたら、冬乃の役目は終わり
そう直観しているから
などと答えるなど、できないまま。
冬乃は再び俯いた。
此処の世への帰属を許されていない
せめてその直観だけを、
伝えればいいだけなのかもしれない。
二人の関係のはじまりよりも前から、既に懐いていたものだとは、言わずに、ごく最近からの直観とでも言って。
そうすれば、ずっと永住できると嘘をついていたことは知られずに済む。
そんな思いさえ、ついに脳裏を過ぎってしまった、
刹那に、
どちらにしても『直観している』では理由にならないのだと、冬乃は思い至って。
直観なんて所詮、確実を保証してはいないのだから、
そもそも彼が受け入れるはずがないのだと。
これまで何度も、冬乃の意思に反して帰されていた。
だから「またいつかは急に帰されてしまう時があると思う」、あの時この言葉だったからこそ、まだ受け入れてもらえたのだ。
「・・たしかに未来との行き来は、願い通りになんてならないままです・・」
まさに統真の行動ひとつで、かわってしまう不確かなもの。
「でも・・」
冬乃はなお諦められず、なんとか納得してもらおうと言葉を継ぐ。
「永住は・・許してもらえたように」
この嘘を貫き通してでも、
「もう一度未来へ帰ることも、その帰る“時期” についてだって、どちらも今度こそきちんと頼めば、きっと聞いてもらえます、・・・どうか信じてください・・」
すべてを見届ける前に、もしも帰されてしまった時には、必ずまた戻ってこなくてはならない。
それもまた、冬乃の使命として“直観” している事だから、
「ですからどうか、あの文机は、土方様へ言ってくださったように本当にまだ持っていてください・・・」
そして冬乃自身が、最後まで少しでも長く、沖田の傍に居たい想いを捨てられるはずもない為。
「・・わかったよ。ただ、」
沖田が願いを籠めるようにして、冬乃を見返した。
「此処へ戻ってくるのは、確かにそれらを聞き入れてもらえた場合にのみとしてほしい」
一度帰ったその時が、帰ることのできた最後の機会だった、
決して、後からそのような事態にはならないようにと。
(大丈夫・・です)
きっとそれだけはならない事。どんなに冬乃自身は望んでいなくても。
「はい」
沖田の目をまっすぐに見て冬乃は誓った。
そして心を一気に覆った安堵で、漸く息をついて。
「ありがとうございます・・」
「・・できれば帰ったその機会をもって、」
沖田が呟くように言い、どこか仕方なさげに眉尻を下げた。
「未来にもうずっと留まっていてもらえるほうが、正直安心なんだが、・・」
一方で少しでも最期まで傍に居たい想いは、沖田もまた同じ。
あのとき沖田が近藤に言ってくれたように。
そんな、今は言葉にされないままの想いが、それでも冬乃に伝わってきて。
冬乃は、まだ少し震えている手を、沖田へと伸ばしていた。
その指先がふれるより前に、冬乃は引き寄せられて、
目の前に迫った着物に頬が包まれる。
そのまま背に回された力強い腕に、冬乃はそれから長い間抱き締められた。




