84.
「おいおい、何だ」
だがそこへ何故か目を丸くした永倉が、声をあげて。
「今生の別れだの、最期までだの・・・まるで端から死に行くつもりみてえなこと言うな?」
(っ・・)
どきりと冬乃は永倉を見遣った。
「そりゃあ皆、その心積もりでこそいるけどよ・・今の沖田の物言いじゃまるで、死ぬの決まってるみてえじゃねえか・・」
「総司、まさか・・そういう意味だったのか・・・?」
永倉の言葉を受けた近藤が、困惑した表情で、沖田と冬乃を交互に見て。
冬乃は息を殺して、近藤を見返した。
沖田が己の死期を冬乃に確認したわけは、きっと冬乃に関する事だけではない、
近藤の行く末に関しても、その時が来たら最善の道を探るが為だろう。
『死期自体は変えられずとも、
それを知っておくことで、今後の行動における判断を変えることがあれば、
変えてゆけるかもしれない。近藤先生に関する事も、冬乃の事も』
彼は、確かにそう言っていたはず。
だから余計に、いま冬乃から近藤へ下手に何か言ってしまえるはずも無く。
(総司さん)
沖田がどう答えるのか、冬乃が戸惑って見上げた先、
「いえ、」
近藤へ沖田が只穏やかに微笑んだ。
「常以上に死に行く覚悟で臨んでいる、という意味です」
(あ・・)
「・・なんだよ、脅かすなよな」
永倉達が息をつき。
近藤が少し未だ心配そうな表情で沖田を見上げた。
「覚悟はしても・・本当には死んでくれるなよ」
その表情は、どこか泣きそうですらあり。
冬乃は二人を見ていられずに、そっと視線を落とした。
「近藤さん、あんたこそ」
だが不意の土方の声に冬乃は、はっと視線を戻した。
「新選組の大将は生き抜いてくれなきゃ困る。あんただけは、俺達みたいに死ぬ覚悟でいてくれるな。生き抜く覚悟でいてくれ」
「歳・・」
「そうだぜえ、最後の一人になっても生きててくれなきゃ」
「頼むぜ、近藤さん」
少し悲しげに皆へ微笑み返した近藤が、
冬乃の視界で滲んだ涙に霞んで、冬乃は咄嗟に目を伏せた。
銃創を三箇所に負った山崎は、奥の座敷で介抱を受けていた。
食事もままならないほど重症ながら、あの精気あふれる面影はどことなく残っていて、
見舞いにきた冬乃を、床の中から見上げるなり例の社交辞令で迎えたくらいだった。
傷に障るといけないと、あまり話もできずに早々に座敷を出てしまったが、未だこうして会えるだけでも冬乃は有難く思う反面、
彼がきっとまもなく、治療の甲斐もなく亡くなってしまうことを思うと、もしも戦場で即死であったならば、長引く痛みや焦燥、葛藤などの辛苦で二重に苦しまずに済んだのではないかとも、やはり思ってしまう。
生きていてくれてよかったという想いは、いつもきっと、まわりの人の側のものであって。
本人にとっては本当のところ何が一番良かったのか、それだけは最期に本人だけが知る事、冬乃にはどうしても知りようがない。
(・・それでも)
またたわいもない話ができて嬉しかった。その想いに冬乃の心は、いま悲しみに拉がれる上から相反して温もりで包まれるような感をも懐いている。
「昨今の世情ですっかり沖田はんとあっちのほうが“ご無沙汰” なんとちゃうか」
きっと普段であれば冬乃は逃げ帰ったかもしれないそんな戯れ言を受けても、だからその時ばかりは軽口をたたける山崎が嬉しくて、冬乃は顔を赤らめながらもつい頷いてみせてしまった。
山崎は、そんな冬乃に笑って、だが傷に響いたのか少し痛そうに目を瞑った後、
「そや、」
心配になって山崎を見守っていた冬乃へ、つと何か思いついた様子で顔を上げた。
「この部屋やったら夜は誰も来んし、見ないようにしてるから使ってええで」
とんでもない戯れ言が飛んできて。
「・・遠慮します・・」
「ええから、ええから。あ、少しは見てまうかもしれへんけど」
もう見舞ったはずの冬乃のほうが、山崎から元気をもらったくらいに最後には笑い出してしまって、
それから冬乃はむりやり話題を変えたものの、まもなく長居してはいけないと切りあげて出てゆく冬乃に、「さっきの話ほんまに遠慮せんでええからな」と山崎が蒸返してきて、冬乃はまたも笑ってしまいながら、襖を閉めた。
(山崎様・・ありがとうございます)
生きていてくれた事、
もしかしたら、余計に心配かけまいと常の戯れ言を並べてくれたのかもしれない事も。
いま廊下を戻りながら、冬乃は己の何もできない無力感に苛まれ続ける胸内で、それでも山崎が少しでもこの先に苦しまないでいられるようにと、強く祈り続けた。
「俺ら、べつに他の部屋に泊まってもいいぜえ」
沖田と、原田、永倉、斎藤の四人が、既に所狭しと並んだ布団で各々休んでいるところに、冬乃は戻ってきた。
(え?)
戻ってくるなり投げられた言葉に、目を丸くした冬乃の前、
「俺ら邪魔だろ?」
永倉がにやりと原田に同調する。
「・・・」
斎藤の意思は不明ながら。
「な。たぶんまた暫く機会ねえぜ。今夜ぐれえしか」
寝そべったまま原田が、けらけらと笑って言い足した。
(機会って・・っ)
先程まさに山崎が言ったような事を、どうしても皆して想像するらしい。
そんなに気遣われても、冬乃からしたら恥ずかしいだけである。
「気持ちは有難いですが、お気遣い無用です」
沖田が微笑って返しているのを耳に、冬乃は熱くなった頬を背けてそそくさと自身の荷物へ向かう。
「冬乃、もう風呂いつでも入れるから、準備できたら行こう」
沖田の声が追ってきて、冬乃はどきりと心臓を跳ねさせながら振り返った。
「はい、急いで準備します・・!」
隊士の全員が入り終えたという事だろう。
(そういえば)
沖田は準備をしなくていいのだろうか。
おもわず沖田の様子を確認してしまった冬乃は、でも次にはすっかり思い出して。
一緒に入る、という話は全くしていなかったはずと。
(私・・なに期待して)
彼は冬乃が入る時に見張っている、というだけの言い方だったではないか。彼もまたとっくに入り終えているに決まっている。
どうも立て続けに周りが促してくれたせいか、冬乃の心持ちが変に舞い上がって、都合の良いように記憶が曲がってしまっていたに違いない。
きまずさに、冬乃は慌てて沖田から目を逸らし、急いで手元の支度に努めはじめた。
男装中の身だ。
寝衣の着替えや手ぬぐいを入れた風呂敷を胸に抱えて冬乃は、案内してくれる沖田と、さくさく廊下をゆく。
歩きやすいこの恰好を、やはり明日からも続けたほうがいいだろうと、冬乃は歩きながら考えた。
ちなみに今、木刀は差していないけども、戦地に赴けばそれもまた必要となるだろう。
まもなく沖田が庭先に出て、冬乃はその背を追った。
向かってゆく先に、未だ湯煙が出ている風呂場が見えて。
着いた風呂場の戸の前で、沖田が促すように冬乃を見遣る。
外はあいかわらず吹き付ける風が冷たく、冬乃は心配になった。
「あの、・・外じゃ寒いですから・・せめて、どうか中の脱衣所で・・・」
おもえば沖田なら人が来たら気配で気づけるのだから、そもそも外に居て見張ってもらう必要も無いではないかと。
沖田には脱衣所に居てもらって、着替えは冬乃が洗い場のほうで済ませればいいだけなのだから。
だが沖田は一瞬、何故かどことなく困ったような表情を奔らせ。
「・・わかった、有難う」
その妙な間の後に落とされた返事に、冬乃のほうは内心首を傾げつつも、ほっとして、戸に手をかける。




