34.
「まだ俺の質問に答えてない」
「あ、」
不意に落とされた土方の言葉に、冬乃は顔を上げた。
「質問、何でしたっけ?」
「何ゆえ、中将様から名を頂戴することになるんだ」
・・・冬乃はおもわず押し黙った。
(やば・・)
それにきちんと答えるには。いずれにせよ政変の件を話さなければならない。
なぜにも彼らが『新選組』の冠をもらうのは、政変においての功労ゆえで。
「・・・」
土方は賢い人だったといわれる。
(その通り・・)
咄嗟に要点を嗅ぎ分けて質問してくるとは、さすがだ。
「・・・何のきっかけだったか詳しくは忘れました、でも、頂くのは確かです」
(こ、これじゃダメかな)
「忘れただと・・?」
「はい、忘れました。だって未来の人間だからって、細かいことまで逐一知って覚えてるわけじゃないんですから」
「・・だからって、」
「もしも、です、」
何か言おうとした土方を遮り冬乃はなおも続ける。
「土方様が、源平の合戦の頃に飛んでしまったとして、そこで明日起こることを質問されたら全て答えられますか?」
「一理ある!!」
(わ)
突然、轟いた声にぎょっとして、冬乃たちはそのほうを向いた。
そこに空になったおひつを抱えて原田が、こちらのほうをキラキラ光る瞳で見つめている。
「源平合戦かあ!」
原田が夢でも見るような表情で叫んだ。
「そんな頃に俺も、一目見に行ってみてえなあ!」
「原田!話を拗らすな。この女が本当に未来から来たとでも思うか」
「いいじゃねえかよ!信じてやろうぜえ、俺だって源平ん時に行ってみてえもん!」
「~~」
(原田様って面白い・・)
冬乃が夕餉の席についたとき、藤堂が彼を「原田さん」と呼ぶのを聞いて、冬乃はこの色白の、豪快な眉毛を持つ男が原田左之助だと知ったが。
彼は食事中、ほぼ一言も話さなかったので、てっきり寡黙な人なのだと思っていた。
だがどうも今の彼を見ていると、今まで話さなかったのは、単に食事に夢中だったためと思われる。
「女、」
つと芹沢が扇子の先を冬乃へ向けた。
「明日まで待ってやる。本当にその何かとやらのきっかけが明日あって、中将様から名を頂戴することになれば、めでたく信じてやろうじゃないか」
「どうだか」
フンと土方が鼻で笑った。
「頂戴しなければ、そのまま牢獄送りだ。言っておくが、逃げようなんて考えるなよ。屯所の周りは常、見張りが夜通し警備している。おまえを見かけたらその場で斬り捨てるよう伝えておくからな」
(鬼~~!!)
目を丸くした冬乃にぎらりと睨みをくれて、土方は障子を開けて出て行った。
「良かったね」
(へ?)
不意に横から届いた藤堂の言葉に、冬乃はふりむいた。
「良かった・・ですか?」
「うん。このぶんなら、今夜は八木さんの所で寝かせてもらえると思うよ」
藤堂がにっこりと微笑う。
(八木さんとこ?)
八木さんとは、彼らに家つまり八木邸の一部、いや殆どを貸している主人と家族だ。
そこで今夜は寝かせてもらえるのだろうか。
冬乃はほっと胸を撫で下ろし。
(沖田様)
明日を当ててみるよう冬乃に提案したきり、今までほぼ一言も発しなかった隣の沖田を、冬乃はそっと見上げた。
その視界で、沖田が刀を掴んで立ち上がり。
「さて、そうしたら八木さんに頼みにいきますか」
「え」
「うん、行こう行こう」
立ち上がる藤堂に続いて、冬乃も慌てて立ち上がった。
涼やかな風が、廊下を歩む三人を掠めてゆく。
(助けて、くださったんですか・・?・・)
冬乃は前をゆく沖田の後ろに従いながら。ふと、
彼の提案があったおかげで、明日までの猶予を得たことに気づいた。
思えば、こうして何だかんだで面倒も見てくれている。
(・・ありがとうございます、沖田様)
彼の広い後ろ背へ、冬乃はそっと頭を下げた。




