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81.




 「なあ、俺の命日っていつなんだ?」

 突如、横合いから原田が世間話のように聞いてきて、冬乃は目を見開く。

 

 「やめておけ」

 土方がすぐに制した。

 「今日、と言われたら、おまえどうする気だ」

 

 「は、どうせ今日はもう戦さに出ねえだろ?だったらおまさのところへ帰る!おまさの膝枕で死ぬ!」

 原田がすぐに胸を張った。

 

 「・・だろうよ、だからやめとけ。慌ただしくなるだろが」

 土方の返しに場の皆が失笑する中、冬乃はもう何も言えない。

 

 

 此処に居る誰もが、かわらず死をあたりまえのようにして生きている武士。

 

 (だから、・・)

 

 戦場で散ることは、その最たる栄誉の死だと。

 それが彼らの望みと、

 わかっているつもりでも。

 

 

 「もし・・戦さで鉄砲なんて使われなかったら、井上様は・・。鉄砲なんて、ずるいです、正々堂々と闘わないで、遠くから撃つなんて」

 

 (井上様・・・)

 胸につかえていた想いが、おもわず溢れ出て。

 

 

 「嬢ちゃん、そりゃ違うぜえ」

 

 (え?)

 原田の遮りに、だから冬乃は驚いて彼を見返していた。

 

 

 「もちろんよ、井上さんほどの力量の人が、刀で戦うことなく死んじまったのは、俺達にとっちゃ悔しいけどよ、井上さんを撃った奴だって、戦さの中で正々堂々と闘ったことに変わりはねえ」

 

 (・・あ・・・)

 

 

 戦場に出て命を張っていることに、

 刀で戦う人も、銃火器で戦う人も、違いはないのだと。

 

 (そう・・だ・・)

 

 

 「まあたしかに、」

 土方が溜息をついた。

 

 「それでも刀同士でやりあうのとはわけが違う。大砲やら鉄砲やらはどいつも、扱うまでに刀ほどの長い鍛錬は要らねえ、その点じゃずりいっちゃその通りかもしれねえがな」

 

 「まあな。・・ま、なにも戦さで撃ってくんのは今に始まった事じゃねえし、」

 原田が継ぎ足した。

 

 「とっくに元亀天正の時代からよ。今更もろもろ文句言ってもしかたねえってこった」

 

 (・・あ・・・)

 戦国時代、

 言われてみればその頃から、とっくに銃火器は使われてきた。

 彼らにすれば、端から承知の事でしかないのか。

 

 

 「それに大砲や銃がどれだけ改良されようが、しょせん間合いの内じゃ、刀に勝るものはねえ。それぞれの得意とする範囲が異なる、それだけの違いさ」

 

 土方の言葉に、はっと冬乃は再び彼を見遣る。

 

 「・・ただし刀を腰のお飾りにしてきただけの、なんの鍛錬も積んでいねえ奴じゃ、勝手はどうだか知らねえが」

 

 続いた棘のあるその物言いに、冬乃は目を瞬かせた。

 

 もしかしたら、戦さで役に立たなかった『ぬるま湯育ち』の一部の旗本などを、暗に責めて言ったのだろうか。

 

 

 「ようするによ、」

 原田が締めくくった。

 

 「俺達の場合は、刀槍の得意とする接近戦にまで、どう持ち込むか、そこが練りどころって事よ」

 

 

 「ちゃんと分かってんじゃねえか」

 (え)

 

 土方から何故か、新たに棘のある物言いが飛んだ。

 

 「そのわりに、随分と銃弾の中を走ってくれたもんだな?迂回しろと何度言わせんだてめえ」

 

 「だ、だってよお・・時間かかってめんどくせえじゃねえか・・」

 原田が急に及び腰になる。

 

 「めんどくせえで無駄に命落とす気かッ」

 

 遂に真剣極まりない土方からの叱責に。

 

 「わるかったよ・・次から気をつけるよ・・」

 そして原田は項垂れた。

 

 猪突猛進に突っ込んでゆく原田の姿をありありと想像してしまった冬乃は、原田の今後の無事をおもわず祈る。

 とはいえ史実では、彼は近藤よりも後まで生きているから、まだ今はもう少し安心してはいるけども。

 

 「でもよ」

 よしよしと原田の肩を叩いた永倉が、つと息を吐いた。

 「源さんの名誉のために言っておくと、源さんはしっかり土手を回り込んだ先で、対向に潜んでやがった奴に撃たれたんだよ」

 

 「ああ、そう聞いている」

 土方が一瞬悲痛の表情を浮かべ、頷いた。

 

 「畜生・・」

 原田が悔しげに顔を歪め。

 「源さんたち喪っちまった犠牲を、無駄にはしねえくれえ、結果はどこでだって俺達の勝利だったのによお、畜生・・」

 

 どこでだって、と原田が言ったのを受け、冬乃は顔を上げた。

 

 (それって)

 

 新選組は、犠牲を払いながらも、

 元の歴史以上に、各戦場での闘いを結果全て勝利に導いたということではないか。

 

 (・・じゃあ、なのに)

 それでも孤立するわけにはいかないために、敗走する旧幕府軍に引っ張られるかたちで、大阪への撤退を余儀なくされたのだろう。

 

 それでは却って悔しさを募らせながら退却してきたであろう彼らを想うと、冬乃は胸が痛くなった。

 

 「やってらんねえよな・・」

 永倉が吐き捨てた。

 

 「ああ・・こっちの軍の動きはどうも始終無駄が多くていけねえ。向こうは敵ながら統率の良くとれた動きをしてやがるってのに」

 土方も大きく嘆息した。

 

 「大体あれじゃ、せっかくの最新装備も一々宝の持ち腐れさ。結局、捨て置いていきやがって、随分と向こうにくれてやったことだろうよ」

 

 「全くだな」

 近藤が哀しげに頷いた。

 

 こっちとは、諸藩を合わせた旧幕府軍の事だろう。

 新選組単体でいえば、近藤土方を軸に当然、統率がとれていたはず。だが、

 

 旧幕府軍全体では、効果的な軍略や指揮の欠如によって寄せ集めの状況を免れ得なかったという事だろうか。

 

 それらは、装備と軍規模の圧倒的な差をもって、勝てるに決まっていると端から高を括っていた旧幕府軍の、その驕った意識が招いた事態だったのかもしれない。

 

 

 「数で圧してる内は、それでもまだ何とかなっちゃいたが、“偽旗” が出た今となっちゃそれも無え有様だ」

 

 諸藩や、多くの幕兵が、錦旗を前に剣を下ろし、味方の数が激減したのち、

 

 尚の事、入念な戦略と統率が絶対不可欠にもかかわらず、

 それが無いままで来たのならば、大きな敗因に結んでしまったことだろう。

 

 

 「ああ・・これまでと同じでは到底持ち直せまい」

 近藤が継いで。

 

 「これより急ぎ御老中板倉様に是が非でもお目通り願い、軍略構想を上申しようぞ」

 「そうだな」

 

 

 (でも、もう・・)

 冬乃は膝上の拳を握り締めた。

 

 板倉も、既に此処には居ないはずで。

 

 それどころか、慶喜が、昨夜に城を出て江戸へ帰ってしまったことも、もうまもなく知れ渡るだろう。

 

 そこから全軍の士気は、地に落ち。

 

 難攻不落の此処、大阪城での立て直しを望んできた兵士達は、落胆に打ち拉がれ、

 

 自刃してしまう者も出て。

 

 (・・いま、私の口からはとても・・)

 

 いま冬乃が伝えれば、彼らにより早くそんな苦しみを招いてしまうだけ。彼らが知る時は一寸でも遅くあってほしいと思ってしまう。

 

 

 やがては、慶喜を追って江戸の地での再起を切望し、その士気を再び持ち直せた兵士達だけは、

 船に乗り込み、江戸へと向かうことになる。

 

 新選組も、その中にいうまでもなく在る。

 

 

 だが彼らがそうして不屈の精神で、その士気を持ち直すまでには、どれほどの惨苦と葛藤に苛まれることか。

 

 (そして・・)

 

 慶喜は戦うを放棄し、恭順を選んだ以上、

 

 

 恐らく近藤は、いずれ――――

 

 

 

 

 

 

 「ああ、こちらでしたか・・っ、お話中失礼仕る!」

 

 開けたままだった襖の向こうに突然、人が覘いた。



 「御伝達にございます!城外の小屋に発した小火が城内まで飛び火し、現在、二の丸北方面にて延焼中、鎮火の兆しはあれど、既に複数の屋敷が使用不可となり、もはや全員の御滞在は厳しく、恐れながら治療を必要とされる方のみ城内に留まられたしとの事、この旨、御隊でもお計らいの程お願い致したくございます・・!」

 

 一気に言い切ってから、彼は頭を下げた。

 

 恰好から幕兵だろうか。新選組の近藤たちの顔は覚えていて、わざわざ探しにきてくれたのだろう。

 

 「これは、ご連絡賜り有難う存じます、相分かりました」

 近藤も頭を下げて丁寧に礼を返す。

 

 「いえ、かたじけない・・それでは失礼仕ります!」

 「局長方っこちらでしたか!」

 

 足早に去る伝令の者とまさに入れ違いに、

 監察の隊士が、こちらも近藤たちを探し回っていた様子で、慌ただしく駆け込んできた。

 

 「申し訳ない、」

 近藤がひどくすまなそうな声を出した。

 「我らも各自滞在の部屋を決めたのち、すぐに皆に場所をお伝え致すつもりではいたのだが」

 「いいえっ、ただ北東方面の数か所で只今、火の手があがっており、緊急の事態ゆえ伺いました次第です・・!」

 

 「ああ、その件であれば、今しがた連絡を受けた。城外からの飛び火が延焼しているようだが、鎮火の兆しありとのことで、大事ないでしょう」

 「で、では、敵の仕業では無いのですね・・!?」

 「なんと、そのような話に?」

 「敵襲だと皆、騒いでおります・・!それに、耳にした噂では、」

 何か言いかけて、彼は咄嗟に口を噤んだ。

 

 「どうされた」

 「い、いえ・・、その、上様が・・昨夜に江戸へ御出立なさられたと・・・」

 

 近藤と土方が顔を見合わせた。

 

 「至急、皆へ」

 土方が、監察の隊士に向き直る。

 「火は大事ない旨の伝達を、まずは宜しく頼みます」

 

 「しょ、承知・・!」

 隊士は急いで廊下を戻って行った。

 

 

 後日に城内から出火して城の殆どを焼き尽くす大火事とは違い、今日の火は早めに消火が叶うのだろうか。

 その点だけは冬乃はほっとしたものの。

 

 「致し方ない、」

 近藤が部屋の皆に向き直った。

 

 「来たばかりだが、治療が不要の者は集めて京屋へ戻るとしよう。その前に俺と歳は本丸へ行ってくる」

 

 「近藤さん、今の話・・」

 永倉が眉を顰めた。

 

 慶喜帰還の件だ。場の誰もが、固唾を呑んで。

 

 「ああ・・だがまさか・・噂のほうが間違いだろう」

 

 行ってくる、と近藤は足早に出て行った。土方が後を追う。

 残った者は皆、声も無く。






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