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そうではないか。まだ沖田の大切な人達の歴史ならば、伝えられる事はこの先もある。
そしていずれ明かすべき近藤の最期が。沖田の望む散り方へと導くすべは、そうしてきっと未だひとかけら、残っている。
(私にもまだ出来ることを着実にしていく・・それしかない・・)
たとえば今日は。元の歴史でなら、
沖田への襲撃があった日とともに、近藤が狙撃された日でもあった。
近藤も勿論のこと、無事に帰ってきている。
本来なら今日の襲撃で受けた傷の治療と療養のために、近く近藤は病の悪化した沖田とともに伏見を離れて大阪へゆくのだったが、それも無くなるかもしれない。
今日近藤に襲撃をかけるはずの鈴木達は、現れもしなかったという。
冬乃が伝えた詳細の内容をもって、土方主導で徹底的に先回りした大掛かりな人員配置がおこなわれたことで、
近藤の近辺にはおろか、元の歴史でなら鈴木達が狙撃のために陣取った小屋にも、彼らは近づくことすら叶わなかったのだろう。
衝突自体が無かったために、今日死傷する運命であった隊士達までも、無事に帰って来ていて。
少しばかりずらしてしまったであろうその死期は、それならばまもなくの戦さで、望む散り方のままに迎えられるのであればいいと、冬乃は胸内に祈る。
ただ今日の機会を失った鈴木達が次の機会を狙ってくることを想定し、新選組は引き続き警戒態勢を続けるという。
そうしてもし後日に衝突が起こってしまうなら、或いはその時となるのだろうか。
冬乃には、わからないものの、
かわらず人の死期だけは大きく変えようのない無力感に、もう幾度と胸内を奔った哀痛を、努めて遣り過ごした。
「そろそろ戻るとするよ」
沖田が、冬乃の身を名残惜しげにそっと離した。
この奉行所で沖田は今、斎藤や永倉らと同室で寝泊まりしている。
個室を与えられているのは、近藤と土方、そして冬乃だけで。
先日に此処へ移ってから、まだ沖田は一度も冬乃の部屋に泊まっていった事は無い。
この先もずっと無いのではないか、
此処は『屯所』で元々それが当たり前とは分かってはいても、恋しさは募り。
未だ冬乃の心を襲う時折の違和感も寂寥も、冬乃を悩まして止まないというのに。
立ち上がれずに見上げる冬乃の前、沖田が庭の側へ歩んでゆく。
雨戸の合間の障子を開けた沖田は、冬乃を振り返った。
沖田の向こう遠く篝火に照らされた、薄ら藍の外を霧雪が舞っていて。
吹き込んだ凍える風に、冬乃はふるりと身を縮こませる。
「おやすみ」
低く穏やかな、冬乃の大好きなその声は、今ばかりは冬乃を只々切なくさせるだけだった。
「おやすみなさい・・」
冬乃の返事に、沖田は微笑み返すと縁側へ出て障子を引き、ふたりの間を遮断した。
やがて去ってゆく音が消えても、冬乃は長い間、閉ざされた障子を見つめていた。




