71.
冬乃を包んでいた沖田の腕が上がり。
「だいぶ温まった?」
その手はそっと、冬乃の頭を撫でた。
「はい・・とても・・」
冬乃は温かな掌へとおもわず頬を摺り寄せながら、後ろに沖田を見上げた。
「ありがとうございます」
安心したように見下ろす優しい眼が微笑んで。
「久々に来られて良かった」
強い腕が再び冬乃を抱き寄せる。
「ふたりきりになれる機会も、これからは減るだろうから」
(総司さん・・)
「あまり長居できないのは残念だが、」
「話の続きをしたい」
そしてまるで時間を惜しむように続けられた沖田の促しに。はっと冬乃は再び振り返った。
「冬乃が教えてくれたように」
そんな冬乃を、また全て見透かしてしまうあの眼が、捉え。
「近藤先生の死期が、翌四月ならば」
冬乃は、
息を呑んだ。
「先生には今ご病気の様子が無い以上、先生の死の理由として真っ先に考えうるは、この後に始まるだろう戦さでの戦死だが、・・」
それで正しいか
そう静かに問う眼差しが、そして冬乃を見遣り。
彼の辛そうな面持ちを前に、冬乃は慌てて頷いていた。
戦死ではない、
元の歴史のままならば、斬首という結末になる
冬乃には、当然それをいま明かせるはずも無い。
その時が来る迄には、明かさなくてはならない事だろう。元の結末から近藤を違う結末へと導くには、きっと沖田の協力が不可欠なはずで。
それは分かっていても、
未だその勇気を奮い立たすことは、冬乃にはできそうになかった。
けど一方で、名誉の戦死ではない別の死である可能性を、
既に、冬乃の先日の反応によって、沖田には懸念されてしまったのではないかとも。
その胸内に淀んでいる不安を併せて押し込めると、冬乃は沖田を窺い見上げた。
「この先もし・・」
沖田が、そんな冬乃の瞳を注意深く見返してくる。
「俺がこの命の尽きるまで、先生を護り闘う事が叶うならば、」
「俺の死期は、最も遅くとも、先生の死より後である事は無い」
冬乃は。
今度こそ愕然と、瞳を見開いていた。
「・・・そういう事になるが、」
(ばか、私・・・)
―――そうだった
「もう一度聞きたい。俺の死期は、いつ」
近藤が『戦死』する時が来るのならば、
それは沖田の『護りを失った後』でしかない。
冬乃が近藤の戦死を肯定するのなら、
それより前の、沖田の戦死をも肯定すると、同等の事ではないか。
でなければ、
元の歴史で沖田は、彼の望む死を迎えなかったのだと、
伝えていることになってしまう。
近藤を護り闘っての死ではなかったと。
(・・・それ・・だけは・・・・)
「総司さんの、仰る通りです・・」
こみ上げてくる涙を冬乃は、止められずに唯、俯いた。
「近藤様より、少し前・・の・・・同じ四月、に、総司さんは・・・」
堰を切った涙が頬を滑り落ち、握り締めたままの両手を濡らしてゆく。
「答えてくれて有難う」
何故かほっとしたような声音が降ってきても、冬乃は顔を上げられず弱く首を振った。
(ごめ・・なさい)
近藤の死因も、
いま沖田の死期すらも偽った事に、声に出せないまま赦しを乞うて。
沖田の本当の死期は。近藤の死の、二月後。
後世に伝わる沖田の最期の頃には、世間から隔離された千駄ヶ谷の地で、彼を訪ねる者たちは近藤の死を隠し続けて、
彼は知らされぬままに、最期まで近藤の安否を心配し続けていたという。
(総司さん・・)
圧し上げてくる慟哭を冬乃は堪え、涙で濡れきった膝上の拳を強く握り締めた。
冬乃の背ごと包みこんでいる沖田の、大きな手がそっと、冬乃のそんな両の手を覆った。
「まだ猶予がある事に安心したよ」
落ちてきた言葉に、冬乃は驚き。ついに沖田を後ろに見上げた。
本当にまるで心の底から安堵したような表情をみせている沖田を映し、冬乃は瞳を見開いた。
(猶予、なんて)
彼が己の死期を近藤よりも前と想定したなら、確かにいま冬乃が答えたような近藤と同じ四月ですらなく、それよりずっと前の可能性だって考えられたのだろう。
だからこそ僅か四月までの命と確認してさえも、むしろそれをまだ猶予と。
(どう・・して)
そんなふうに、受け止められるのか。
冬乃は今なお驚嘆と、それ以上に伴う哀痛の想いに覆われる。
彼ら武士が、明日をも知れない命を当たり前のようにして日々生きていることを、冬乃はもう散々に分かってきたつもりでいても。
(・・だけど)
貴方が受け止めることができても
あと数月は、私にとっては
猶予なんかじゃないんです
堪えてきた慟哭ごと叫び出しそうになる言葉を、冬乃は咄嗟に抑え留めた。
再び溢れた涙を、慌てて前を向いて隠し。
「・・すまない」
「辛い事を聞いてばかりで」
冬乃を包む腕が、俄かに強まり。
「・・冬乃を遺して先に逝く事も」
苦しげな声を、耳元に受けた。




