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64.





 引っ越し先が奉行所なだけに、今回新選組は持ち込む荷物を最小限に抑えるべく、いわゆる現代語でいう断捨離、を敢行した。

 

 今朝から、組や各々が呼びつけた古物買取業の人々と、ニワトリや豚たちを引き取る農家の人々、更にはどこで聞きつけたかツケ払いの取り立ての人々までもが押し寄せて、組の門前はごったがえし、庭のそこかしこでは物を燃やす煙がひっきりなしに上がっている。

 

 荷物の少ない身軽な隊士などは雑務を押し付けられぬうちとばかりに、既に早朝から出立してしまったらしいが、

 大半の居残りによって現在発生している屯所じゅうの騒ぎを、遠く耳にしながら、冬乃はというと、

 

 近藤の付き人としての職務もあるうえ、将軍御目見である近藤の娘つまり『姫』の身の上でもあるとのことで、非常時の内々の特例で奉行所内に一室を与えられたものの、

 やはり持ち込む荷物は同じく最小限に留めなくてはならないために、今や四つに増えた行李の前で。

 唸っていた。

 

 

 初めの頃に沖田に買ってもらえた着物たちの他にも、時々沖田と町へ“デート” しに出かけた際に買ってもらえた高価な着物は、今や十着を超えていて、これらだけはなんとしても持っていきたい。

 

 一方で替えを含めた作業着たちは、きっともう使うことはないだろうから、長く着てきて愛着があるところ苦しいけれど、今回捨てていかなくてはならない対象だろう。

 

 (問題は・・)

 

 平成から冬乃が着てきた服たちである。

 なにより、

 

 (携帯とお財布)

 

 をどうすれば。

 

 彼らがこっそり鎮座する行李の奥底を覗き込みながら冬乃は、そうして朝から固まっている。

 

 服はまだ、燃やす手があるだろう。

 だけどお手頃人工革の、たしかPVCレザーという素材が使われている財布や、携帯電話、そしてかつて千代に使った薬の入れ物のプラスチックゴミなどは、果たして燃やして済むものなのか。

 

 この小さな一角で大気汚染が一時的に発生してしまうのは人払いでがんばるとしても、

 

 (跡かたなく・・ってことにはならないだろうし・・・だいたい携帯なんて爆発しそう)

 

 しかも万一、後世で見つかり成分分析でもされようものなら、これらの残骸だと分かってしまうに違いない。

 いずれも江戸時代には絶対に在り得てはならない人工物だというのに。

 

 (オーパーツになっちゃうじゃん・・)

 

 もう、どうせ残ってしまうならわざわざ燃やさずに、このままどこか掘り返される心配の最も少ない場所へ埋めるのでもいいのではないか。

 

 

 そうして。

 そんなふうに考え出してからのち、ずっと候補に浮かんでいる唯一の場所を、

 

 冬乃は遂に腹を決め、沖田へ相談することにした。

 

 

 

 

 

 

 「近いうちもう一度訪ねておきたかったから、丁度いい」

 今から行こう

 と、冬乃の相談を聞くや否や、沖田が腰を上げた。

 

 (よ、よかった・・)

 文机の上へ昼九つには戻る書置きを残し、早速部屋を出る沖田に続きながら、

 彼がこの混乱の中を抜け出す時間があるのか確信が持てなかった冬乃は、ほっと胸を撫でおろす。

 

 だが、

 「あの坊さんが今日、居てくれればいいが」

 居なければ俺だけ後日もう一度訪ねる、とまで言う沖田の背を、冬乃は驚いて見上げて。

 

 「どうしても聞いておきたい事があってね・・」

 見ずとも冬乃の吃驚に答えるかのように、前を行くままの沖田が訳を継ぎ足した。

 

 (聞いておきたい事・・?)

 

 「それにしても。その発句帳入れ、俺もてっきりべっ甲で作られているのかと思っていたが、違ったんだね」

 

 (あ)

 互いに少しばかり急ぎ足で歩みを進めながら、沖田が遂に冬乃を振り向いて微笑んだ。

 

 「はいっ、そうなんです・・」

 

 あの廃寺の、桜の木の下へ埋めたいと。

 冬乃が切り出した時、

 

 風呂敷に包んで持って来た携帯たちを沖田に見せながら、実はこれらの素材は未だ此処の世には存在していなくて、かつ燃やしきることができない特殊な物なのだと、

 

 冬乃の『世の移動』も本来起こりえる事ではないために、後の世でこれらが万一発見されては大騒ぎになるから地中に隠したいのだと、打ち明けたのだった。

 

 

 いつかの、初めて沖田と呑みに行き、あまりにも冬乃がしどろもどろで答えられなかったあの夜があったせいか、

 何かあまり聞いてはいけないものとでも認識されてしまっているらしく、おもえばあれから母親の話以外でまともに冬乃の世での出来事が話題に上がった記憶が無い。

 

 依って当然、素材云々以前に、携帯電話やら何やらの現代文明自体についてきちんと沖田に話した事も、一度も無いままだ。

 尤も話題に上がったとしても、どう説明したらいいのかも冬乃にはそもそも分からないのだけども。

 

 たとえば、月に行けるんです。なんて言ったとして、きっと沖田なら疑わずに興味深く聞いていてくれるだろうけれど、じゃあ具体的にどうやって行くのかを冬乃が上手に説明できる自信は無い。

 

 (そいえばスペースシャトルって何の“素材” でできてるの・・たぶん鉄じゃないだろうし・・)

 

 最早そんな事を思い巡らす間に、馬小屋に到着した。

 

 

 

 沖田がよく好んで乗っている黒い馬が一頭、沖田を見てまるで自分の出番だと分かったかのように嘶いた。

 

 漆黒の豊かなたてがみが美しい。

 沖田も迷わずその馬へと向かってゆくのへ、冬乃はそっと後に続く。

 

 「冬乃」

 

 馬に飛び乗った沖田に手を差し出され、冬乃はどきりとして馬上の沖田を見上げた。

 

 手を渡せばがっしりと力強く掴まれて、沖田の伸ばされるもう片方の手に冬乃の背も支えられる。

 

 沖田が冬乃へと大きく傾けていた姿勢を戻しながら冬乃を引き上げ、

 そのまま冬乃は最後に彼の上でくるりと回されて腿上へ滑り込み、その横座りの定位置に落ち着いた。

 

 この黒馬は、新選組の所有する中で一番体格の良い馬で、それなりの高さなのに、

 その位置から馬に乗ったまま軽々と冬乃を持ち上げる沖田の力強さには、あいかわらず何度引き上げられてもそのたびに驚かされる。

 

 しかも今なんて、途中で立ち寄った倉庫から拝借してきた土堀用のすきが、沖田のたすき掛けした背に背負われており、ただでさえ身動きがしづらいはずなのに、全くそんな様子など微塵も無いのだから。

 

 

 「さてと」

 沖田が部屋を出る時に持ち出し、いま一時的に馬の首へ掛けていた褞袍を拾い上げると、冬乃を大きく覆うように被せてくれた。

 

 「今日は飛ばすから、しっかり掴まってて」

 言いつつも沖田の片腕は冬乃の胴を抱き寄せ、冬乃がその腕に掴まらなくとも冬乃の体はしっかりと支えられる。

 

 

 沖田が片手で手綱を捌き、馬は早くも助走をつけて走り出した。




 



 


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