62.
近藤へ報告を続ける山崎の背後で、冬乃は静かになりゆきを見守っていた。
最後に山崎は、「やはり、」と溜息をつき。
「これら各所方面の報告から、鈴木さん方は誤解してはる事、確実です」
つまり現場にあった斬奸状を見た鈴木が、
新選組によって兄の伊東や仲間を殺害されたと誤解し、
あの夜に外出していた残る伊東一派にも、鈴木の口からそのように伝わってしまっていると。
「あの時も言ったが・・それでも構わぬ」
悲痛に満ちた表情で、近藤がぽつり呟いた。
まるで元の歴史への、贖罪にすら聞こえて。
冬乃は顔を上げた。
(・・でも)
誤解されたままでは、
この先、近藤は彼らに―――
「このままでは・・」
冬乃の零した声に、場の者がみな冬乃を振り向いた。
冬乃をこの場に呼んだ沖田の横で、未来を知る冬乃に求められているであろう伝えるべき事柄を、懸命に思い巡らす。
「近藤様への報復が・・心配です・・元の歴史で、そういう事態がありました」
言葉を探しながら、冬乃は続けた。
「近藤様は狙撃されて、・・お命にこそ別条はありませんでしたが暫く寝込まれる重症を負われます」
冬乃はそして、近藤と隣の土方へ目を合わせた。
「ですから、なんとしても誤解は解・・」
「それは無理だろうな」
溜息をついた土方の返答に、冬乃は驚いて口を噤んだ。
「伊東さんの殺害に、内部の人間が一枚噛んでる事は間違いねえ」
(え?)
「そいつらが伊東さんの言っていた奴等の内のどいつかは結局わからねえが、」
「わかる事は、今頃そいつらが伊東さんの殺害を新選組の仕業だと、有ること無いことあちこちで吹聴しているだろう事だ。そのうえ鈴木さんの話まであったとなりゃ、誤解を解くなんざ到底無理だ」
冬乃は、先ほど聞いた山崎の話を思い出した。
襲撃の夜、殆どの者が伊東の屯所を出払っていたという話を。
元の歴史では、外出していた者はほんの数名だったはずだ。それなのに、
伊東が外出せず屯所に留まったあの夜、かわりに外出した者が大勢いたという事に、冬乃は違和感をおぼえていた。
(内通者がいたというなら・・じゃあ、その内通者が皆を外出させて・・伊東様の屯所を手薄にしたってこと・・・?)
「あの屯所の門は、簡単に破れる類いじゃねえ。調べたが、外から無理やり開けられた形跡も無かった」
火が投げ込まれた形跡もな
土方は言い添え。
「内部に、密かに門を開けておいて己はその場から立ち去った奴が居たということさ」
「・・やはり、伊東さん達に門を開けさせることが可能な程あの下手人どもの誰かが伊東さん達から信頼されていた・・という線は無かったんだな」
近藤がつと、確認するように土方を向いた。
「ああ。下手人の中にそういう者はいなかったほうで確定だ」
沖田が洗い出した下手人の殆どは、あの夜のうちにかたき討ちに出た新選組に成敗されたが、
聴取のために生け捕ってきた数名は、土方と沖田によってこれまで拷問にかけられていた事を、冬乃も聞いている。
今夜この場が設けられ、今こうして土方から報告があったということは、ついに彼らは全てを吐いたのだろう。
そして尚、いたはずの内通者が誰かまでは分からないのなら、勿論彼ら下手人達が最後まで吐かなかったのでは無しに、元から彼らはその内通者を知らなかったのだろう。
「下手人どもは、文が投げ込まれたと言っていた。“今宵これより伊東を葬る絶好の機会を授ける、直ちに高台寺を襲撃せよ” と」
高台寺は、伊東達の居た屯所の場所であり。
(・・藤堂様・・・)
冬乃は震え出す拳を咄嗟に握り締めた。
「そんなもの、何かの罠だとは警戒しなかったのか・・!?」
同じく感情に身を震わせて近藤が吐き捨てて。
「それについても問いただしたが、」
土方が答えを続けた。
「奴等も初めは半信半疑で、すぐ様子を見に向かったそうだ。すると門が僅かに開いていたから、忍び込んで人の少ない様を確認し、戻って襲撃の準備に急いだのだと。
奴らのその話と、門を外からはこじ開けた形跡が無い事から、投げ文をして門を開けておいた者は内部の者、とみるが妥当ということさ」
「・・悔やまれてならぬ。もしそんな事態も想定してあの夜我々から援隊を送ってあればこんな事には」
「いいえ・・っ」
震えたままの拳を抑え込んで冬乃はおもわず近藤を見上げた。
「今回のことで思い知りました。人の死期は・・変えられないと・・近藤様がどんな手を尽くされていても、避けられなかったはずです」
「変えられない、とな」
土方が諦めたように息を吐いた。
「・・近藤さんが狙撃されるのも変えられないのか?」
「それは、分かりません」
冬乃はまっすぐに土方の目を見返した。
「誤解されて恨まれたままでは、元の歴史通りに近藤様が狙われてしまう可能性は高いのかもしれませんが、それでも・・近藤様のお命に関わる事件でない以上は、避けられる可能性もきっとあるはずです」
「・・狙撃される時と場所、ならびに状況を詳細に教えろ。万全の対策は立てる」
土方が隣の近藤を向いた。
「それでいいな、近藤さん」
「ああ。すまないが宜しく頼む」
「先生は、俺が必ず護ります」
沖田が揺るぎない眼で近藤を見遣り、そして冬乃を向いた。
冬乃は決意に頷いて。
(これからは)
冬乃の伝える言葉が全て、これまで以上に彼らのゆく道を左右してしまうだろう。
彼らの、確実に向かうその死までの道を―――或いはそれまでの残りの“生き様” さえも。
(それでも)
冬乃は、覚悟を決めた眼差しで沖田を見つめ返した。
これが唯一冬乃に許された、彼らへのたむけなら。
導いてみせると。
どんなにあがいても彼らの死期だけは変えられないなかで、
それでも歴史通りには、なぞらせないために。
(それに・・)
もうひとつだけ、希望がある。
元の歴史では既に病の悪化で戦線離脱を余儀なくされた沖田が、
今もこうして元気でいてくれるがゆえの、未来。
一騎当千の、新選組最強の士が、戦力として在り続ける事。
それがどれ程このさき新選組の関わる戦いに、その歴史に、好転を及ぼすか、
それだけは未知数ですらあって。
「ではさっそく聞かせてもらおう」
「はい」
土方の呼び掛けに、
冬乃は一瞬深く息を吸って身を引き締めると、土方へと正座の膝を向けた。




