61.
「それ・・も・・答えられません・・」
冬乃は。見下ろしてくる澄んだ眼差しに捕らわれたまま、
「ごめ・・なさい・・」
掠れそうになる声を絞り出していた。
どうして沖田がこんな問いかけをしてくるのか解らずに。
いずれも冬乃には到底、答えられるはずがなく。
「・・・先生は、誰よりも武士であることを誇りとし、最期まで武士としての生き様・・散り様を、貫こうとされる方だ」
(え・・?)
冬乃にとっては唐突なその言葉に、冬乃は、息を呑んだ。
史実での近藤の最期は、
およそ武士としての散り様とは程遠く。
これからさき半年もせずに、京を離れた下総国の地で、討幕軍との戦さを防ぐために投降した近藤は、
何も罪となる事など無かったにも関わらず、討幕軍によって斬首というかたちでその死を迎えてしまう。
幕府体制側として反組織を取り締まってきた近藤に、
斬首という屈辱的な刑を受ける程の罪が、もしも在ったというのなら、
たとえばそれが、武士として多くの命を奪ってきた罪だとでもいうのなら。
同じ程、否それ以上に、彼ら討幕側もまた長きにわたり数多の罪を抱えてきたに等しい。
それには、亡き孝明帝からは赦されぬままの『賊』としての罪さえも。
いいかえれば、近藤や旧幕府側だけが罰せられる罪など、無い。
近藤が捕らえられた頃の戦時下では、旧幕府体制の法など当然、既に意味を成さず、
近藤の斬首という刑も、法に依っての裁きなどでは勿論ない、
いうなれば討幕側の私怨による、一方的な私刑であり。
「冬乃」
冬乃の瞳に点った怒りを感じ取られてしまったのか。注意深く見つめてくる眼から、冬乃ははっと咄嗟に視線を背けた。
「・・冬乃が先生の事もまた、望む死を迎えられるよう願ってくれるなら、」
どきりと心の臓が跳ねて、冬乃は表情をも隠そうと、頷くふりをして俯く。
「俺もその為に出来得ることを全てしたい。だから先生がいつ亡くなるのか、・・知っておきたい」
沖田のその声は、苦しげな音色を伴い。
先の冬乃の反応からやはり何か気づかれてしまったのかもしれず、
冬乃はもう顔を上げられないまま小さく首を横に振った。
「冬乃・・頼む」
泣きたくなるほど唯穏やかに、大きな温かい手が冬乃の俯くままの片頬を包んで。
「それが、俺にとっての望む死にも繋がる」
(・・・総司・・さん・・・)
沖田のその手に導かれて見上げた冬乃を、彼の眼が促した。
それを示されてしまえば、冬乃が答えるしかないことを、
まるで判っているかのように。
哀しみも傷みも、全て覚悟しているかのような深い眼差しを、冬乃は茫然と見つめ返した。
「・・教えて」
止められなかった涙が、溢れて、沖田の手を濡らし。
「来年の・・・四月・・です・・」
冬乃は震えてしまう声を圧し出して、答えた。
己が盾となり命を懸けて護り抜きたい存在の、
あと半年も無い生を、決して変えることのできないその死期を。
もしも冬乃が沖田の立場なら、到底受け止められる事ではなく。
事実冬乃もまた同じほど迫り来る、沖田の死の刻限を未だ受け止められずに、
どころか、それが可能になる日など、この先も来るはずがないと。もう諦めきっていて。
比例するようにひとつの想いは、強まるばかりなのに。
貴方と一緒に死にたい
その想いが、
奇跡への希望を絶たれた時から再び加速した願いが。
いま唯一、遠く絶望の闇からかろうじて垣間見える薄い光のように冬乃を包んでいた。
それだけがまだ希望として残っているからこそ、救われているなんて事を
もし打ち明けてしまったなら、目の前の本人は悲しむだろうか。
それとも、許してもらえるのだろうか。
一緒においで、と。
(貴方に、そう言ってもらえたらどんなに・・・)
長いようで、短いひとときが経ち。
「教えてくれて有難う」
沖田から返された静かな声に、冬乃は小さく俯いた。
何かを口奔ってしまいそうで、きつく瞑った目とともに咄嗟に唇を噛む。
「俺の、」
そんな冬乃をどこか気遣うような声が続いた。
「死期についても。冬乃が教えてくれる気になったらすぐに」
教えてほしいと。改めてそう念を押す沖田の言葉には、冬乃は何も返せないままに。
きっと伝える日など来ない、
それとも、来たとしてもその時、冬乃は胸に秘める願いも共に伝えてしまうのではないか。
冬乃は俯いたまま唯、添えられる沖田の温かな掌へ縋るように頬を寄せた。




