59.
沖田の向かう道の前方から駆けてくる者が、監察の一人であることに気づいた時、
沖田の胸内の不安はどよめきを増した。
常に伊東達の屯所周辺に居て、こちらとの連絡係として動いている者だ。
彼もまもなく沖田達を見留めて、
「・・あ、あ・・」
目の前まで着くなり声を震わせ、今しがた来た背後を指さした。
「ふ、不逞浪士共が・・伊東さん達を・・」
最後まで聞くより先に沖田は再び駆け出した。
人の気配の無い、明かりの消えた屯所は。
「組、長・・・」
血の臭いに覆われ。
「至急局長に連絡を」
あの監察だけでは要領を得まい。
沖田の意図を汲んだ隊士達が蒼ざめた顔で頷き、他の部屋の状況確認に急ぎ向かった。
沖田は蹴倒された障子の向こう、外からの薄闇でも容易にわかる程おびただしい血の池と、そこに斃れている伊東を、再び見遣った。
佇む廊下から重い足を上げ。
障子を跨ぎ。
沖田は伊東の手前で斃れる骸へと向かう。
刀を握り込んだままの姿からは、最期まで伊東を護って闘った事が瞭然だった。
「藤堂・・ッ」
込み上げた慟哭に遂には圧され出た沖田の声が、虚しく闇へと沈み堕ちた。
「・・局長」
山崎の掛け声に。近藤は顔を上げた。
「こないな物が」
山崎が前もって開いて中を確認したのだろう、
手渡されたその激しく握り潰された痕の残る紙面に。近藤は視線を落とした。
新選組の名の署名された、斬奸状だった。
「・・これは何処で」
「鈴木さんの部屋でした」
「・・・」
伊東の弟、鈴木は、この屯所でなきがらとして見つかってはいない。
だとすれば。
「総司達が来る前に、鈴木さんは一足先に此処に居た・・そしてその偽の斬奸状を見たんじゃねえか」
近藤の隣で、土方が吐くように呟いた。
「確かに今日、鈴木さんなら出かけたいう報告があります。もし出先から帰ってきて・・斬られた伊東さんを目にしたんやとしたら、」
鈴木さんは
握り潰された痕の激しい斬奸状を山崎が今一度、哀しげに見遣った。
「新選組の仕業と、誤解したんと違いますか」
「しかし、伊東さんのなきがらを置いて何処へ・・」
「新選組の仕業だと思ったからこそ、」
土方が、紙面から近藤へ視線を戻した。
「総司達がやってくる音でも聞いて新選組が引き返してきたと思い、咄嗟に逃げたんだろう」
「・・早う誤解を解かなくては・・」
山崎が嘆息した。
「いま鈴木さんが何処に居てはるか、急いで探索します。もし他の外出してた方々も鈴木さんから話を聞けば同じく、」
「誤解されるならば、されても構わぬ」
「え」
近藤の言葉に山崎は驚いて息を呑んだ。
「解いたところで、もう藤堂君や伊東さんたちは戻ってはこない。今更・・、俺達じゃないと言ったところでいったい何の違いがあるんだ」
元々、
彼らを誤解し殺めたのは、新選組だった。
それが他の者に依って代わりに為されたとて。
「そうだろう・・・?」
つと雲を逃れて射し込んだ淡い月明りが、近藤の泣きはらした涙のあとをひっそりと照らし出した。




