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58.




 今日ばかりは、どんなに努めても冬乃の気はそぞろで、

 

 それでも時は普段どおりに平然と流れゆき、遂には夜になった。

 

 

 (・・あと少し)

 

 時報の鐘音の数をそのたび数えながら、冬乃は希望を見出し始めて。

 

 

 先程、戻ってきた監察からは、藤堂たちが今日は始終とくに外出した様子も無いことを聞いて、胸を撫でおろしたばかり。

 

 伊東が外に出ない限り、たとえ過激派が諦めずに伊東を狙っていたとしても手を出しようがない。

 

 これで、今日さえ何事もなく越せれば、彼らをめぐる歴史は大きく変わって。

 

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 門の方角から突如湧き起こった怒号が、冬乃をびくりと震えさせた。

 

 (え・・?)

 

 

 はっきりと聞き取れなかった。だが今、確かに、

 

 「・・奇襲だッ!!」

 

 

 今度こそははっきりと聞こえた誰かの大声が、

 

 「出合え!!」

 「出合えッ・・!!」

 

 続いて叫び合う大勢の声と、喚起の笛の音が。

 

 幾層にも、鳴り響き始め。

 

 

 (・・うそ・・でしょ・・・?)

 

 おもわず立ち上がった冬乃は、閉ざしていた雨戸を開け出て庭下駄をもどかしくつっかけるなり、

 部屋づたいに屯所の中心の方角が見える位置へ回った。

 

 視界が開けた刹那、

 

 煌々と遠く、門の方角から火が上がっているさまに。

 そして冬乃は、愕然と立ち尽くした。

 

 

 

 (・・・どう・・して・・)

 

 

 元の歴史から変えた未来は、

 

 このかたちとなって降り注いだというのか。

 

 

 

 「火を消せッ・・・!」

 

 叫んだ誰かの怒号と、やがてこんな位置にまで届き始めた剣戟の音が、

 一寸のち冬乃の意識を引き戻して。冬乃は慌てて部屋へと踵を返した。

 

 だが手に木刀を掴んだところで。

 

 

 冬乃は沖田との約束を、思い出し。

 

 

 (あ・・、)

 

 行ってはいけない

 

 冬乃は指の骨が刹那悲鳴をあげるほど木刀を握りつけていた。

 

 もちろん端から闘いに加勢するためではない、

 火消しを手伝うつもりで、取りに来たこの木刀は只、護身のため。だけど、

 

 沖田が此処に居れば、決して冬乃を部屋からまず出させはしないはずだと。

 

 

 (・・大丈夫、皆なら・・)

 

 襲撃も返り討ちにできて、きっとすぐに火も消せる。

 

 

 祈りながら、

 冬乃は、震える手をむりやり木刀から離した。

 

 

 

 

 

 「冬乃さん!」

 

 どれ程の時間が過ぎただろう。

 そばだてていた冬乃の耳に、不意に井上の声が雨戸の向こうから届いて。

 

 「井上様・・?!」

 冬乃が声を返すなり急いで雨戸を開ければ、

 

 現れた冬乃を見て、心底ほっとしたような顔になった井上が、

 「総司から頼まれてな」

 訪問の理由を一言告げてきた。

 「此処に居てくれてよかったよ」

 

 「あのっ・・皆さんは、・・火はっ・・」

 

 咄嗟に矢継ぎ早に尋ねてしまった冬乃へ、

 やはり外を見に冬乃が一度は部屋を出たことをわかった様子で、井上が眉尻を下げ、

 「大丈夫、火はすぐに消せたよ。皆も無事だ」

 けどすぐににこやかに微笑んでくれて。

 

 (あ・・)

 

 「総司は襲撃してきた輩の残党をいま隊士達と追っているから、すぐには此処に来れんが・・」

 そのうち戻ってきたら顔を出しに来るだろう

 と、井上は継ぎ足した。

 

 「はい・・有難うございます」

 

 歴史の出来事が変わっても、

 今夜皆が無事だったように、死ぬはずのない人が死ぬことまではなくて済んだのだ。

 

 ならば確実に、沖田も無事に帰ってきてくれるだろう。

 そう思ってみればやっと大きく安堵して。

 

 井上が未だ続いている外の喧噪のなか忙しげに戻ってゆくのを見送ったのち、冬乃はへたりとその場に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「とっとと立て!」

 憤りの収まらない隊士達の怒号が、夜の路地にこだまする。

 

 屯所のほんの数間先で沖田達は残党に間もなく追いつき、激しく抵抗してきた者以外は生け捕って、連れ帰るべく厳重に縛り上げてゆくさなか。

 

 「くそっ壬生狼が・・!」

 「うるさいッ」

 「暴れるな!おとなしくしろ!」

 

 (まったく土方さんの狙いどおりだな)

 騒然とする場を見渡しながら、沖田は苦笑せざるをえない。

 

 尤も襲撃の当初より、どうも解せない思いもあった。

 

 冬乃は襲撃は無いと、言ったはずではなかったかと。

 

 

 (冬乃でも知らなかっただけか・・?)

 

 それとも今夜、新選組が伊東達を粛清するはずだった歴史を変えた事と、何か関係があるのか。

 

 

 「組長、終わりました」

 

 隊士の呼びかけに、沖田はすっかりお縄になった残党達を一瞥した。

 

 「では戻るか」

 屯所へ踵を返す。

 

 「貴様らなんぞ・・ッ・・戦になれば真っ先に蹴散らしてくれる・・!」

 背後で悔しげに浪士の一人が叫んだ。

 

 「黙れと言ってるだろうッ」

 「今回はわしらの数がまだ足りんかっただけだ!・・十分に準備が整えば、貴様らなぞ最早、敵ではないわ!」

 「そうだ!今宵とて、向こうのほうは我らの側が確実に多いからなッ、今頃全員死んどるわ!」

 「何の話だ!」

 

 

 「向こうとは何処の事だ」

 沖田は振り返っていた。

 

 顔を歪め醜く笑んだ浪士が、その表情のまま押し黙った。

 

 

 (まさか)

 

 

 あの時の僧の言葉が胸内を過ぎる。

 

 ―――その歴史に関わった多くの人々の意思もまた、直接的ないし間接的にその結末へ向かうものであったという事でございます故、

 

 

 それらを覆すことは、その関わり合う縁の範囲・・規模が大きくなればなるほど、非常に困難になってくるという事は・・申し上げておきます――――

 

 

 

 伊東達の粛清は、

 

 討幕側こそが望んだ歴史。

 

 

 ならば・・・

 

 

 

 「一番組は俺と一緒に来い、寄りたい所がある。貴殿らは、」

 

 連れてきた別隊の隊士達へ沖田は向いた。

 「この侭、そいつらを屯所へ連行していただきたい」

 「承知」

 

 「組長・・?」

 残された一番組隊士達が、不思議そうに沖田を見上げ。

 

 「・・急ぐぞ」

 

 

 (間違いであってくれ)

 

 走り出した沖田に隊士達が慌てて後を追い始めた。





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