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53.



 

 

 

 巡察から戻ってきた沖田を夕暮れの紅に染まる此処、女使用人部屋にて出迎えた冬乃は、

 長丁場の仕事後だというのに今日ばかりは疲れをまったく感じずにいて。

 

 その理由は明白、

 これから久しぶりに二人の家へと帰れるがため。

 

 冬乃を見るなり抱き締めてきた沖田の、常のように温かく強靭な腕のなかで、

 常のように深い安息感に溺れながら冬乃は、うっとりとこれからの時間に想いを馳せる。

 

 

 「駕籠を既に待たせてあった」

 

 やがて、長い抱擁ののち思い出したかのように沖田がそっと冬乃の身を離して呟いた。

 

 「それが今日の持ち物?」

 続いて冬乃の足元にある風呂敷包みへと視線を寄越した沖田へ、

 冬乃は急いで頷く。

 

 先ほど厨房に寄って、茂吉から色々分けてもらった食材だ。

 

 「じゃあ行こうか」

 沖田がひょいとその風呂敷包みを持ち上げて微笑んだ。

 

 冬乃は高鳴る胸の鼓動を感じながら今一度頷いて、次には差し出された手を取る。

 いつも沖田は、冬乃が縁側へ降りる時にこうして支えてくれるからで。

 

 沖田が居ない時には一人で降りているわけなので、支えてもらわなくても勿論大丈夫なのだけど、

 

 (しあわせ。)

 この姫扱いは、これからもできればずっと続いてほしいと冬乃は願う。

 

 

 

 

 木枯らしの舞う路地を二つの駕籠が走り抜けてゆく。

 

 日の沈みとともに丁度、家の手前の角で降り立った二人は、ひっそりと玄関をくぐり抜けた。

 

 部屋へ上がり、障子の外からの幽かな勝色のなか、沖田が早速行灯を灯し、その火を用いて各部屋の火鉢に火を熾してまわる。

 

 それから彼は冬乃の傍までやってきて、その場に腰を下ろし、家が温まるまで寒がりの冬乃を抱き包めていてくれるのも、常の事。

 

 

 あいかわらず冬乃の頬肉は落ちてしまいそうになりながら、背後の沖田へと冬乃はすっぽり包まれる身を寄り掛からせる。

 火鉢の時おり奏でるパチパチと穏やかな音を耳に、目を瞑り。

 

 かみしめた幸せの直後、

 

 このまま永遠に時が止まればいいと

 そう心に幾度と繰り返した想いがまた、一瞬に胸を過ぎり。

 

 また常のように。そんな想いへと心の目も瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月に入り、土方が帰京し。

 

 

 藤堂の言付を沖田から聞いた土方が、

 真っ先に向かった先は。やはり監察執務室で。

 

 すでに話を聞いている近藤が、土方の戻るまで彼らへ伝えることが無かったのは、

 監察方が、近藤ではなく土方直属であるからに他ならない。

 

 

 (これで、・・)

 

 討幕派の画策が成功せぬように、あらゆる方面での阻止が掛かるだろう。

 つまり虚偽の近藤暗殺計画も、浮上してくることは無くなって。

 

 そうしてうまく事が進めば。

 

 新選組が伊東達を粛清する未来も、

 

 もう起こることは無くなる。

 

 

 (どうかうまくいきますように)

 そしてそれなら、すでに冬乃がすべきことの半分は叶ったはず。

 

 けれど、未だ未来を知る冬乃にしかできない事がこの先ある。

 

 その日を、

 藤堂が命を落とす史実上の命日を。

 

 その日にならないように、避けること。

 

 (・・きっと)

 避けたところで、命日を僅かにずらすだけで終わってしまうことを、

 これまでの結果から想像せざるをえなくても。

 

 それでも、その本来の日を避けることは一つの小さくはない『変更』になるはずだから。

 

 

 (元の歴史での死因となる事件がもう起こらないなら、・・それだけで、)

 それだけですでに、大きすぎる変化であって。

 

 更なる働きかけによっての変化など、もとい冬乃にできること自体、もう無いのかもしれない。

 

 

 それでもこれは、

 僅かばかりに縋る希望。

 

 

 ・・・望めないものかと。

 

 

 その歴史へ叶った変更が、もしも大きければ、

 

 (そして・・大きいほど)

 

 

 或いは―――奇跡―――が起こりうることを。

 

 

 

 (“もしも” )

 

 冬乃は一語一句、辿って呼び起こす。

 

 『・・・死期に関わる特に重要な事柄の縁に対し、』

 

 あの桜花の降る廃寺で、僧から聞いた言葉たち。

 

 

 『変更を及ぼすことが、小さくとも叶ったとしますれば』

 

 

 あの意味は。

 

 言い換えれば、

 

 もしも大きな変更を及ぼすことが、叶った場合には、

 

 

 (大きな違いを生む)

 

 そうとも、とれるのではないかと。

 

 

 

 (だから・・それに賭けたい・・・)

 

 

 藤堂が死なずに済む未来、

 

 その奇跡に。

 

 

 

 

 そしてそれが叶うならば

 

 

 「冬乃」

 

 

 

 強い風に吹かれ流されゆく上空の薄雲から、

 冬乃は視線を逸らした。

 

 愛しい声のもとへと。己を見つめる沖田を見とめて。

 

 

 (総司さん)

 

 

 ―――貴方のことも

 

 

 喪わずに済む未来に

 

 縋れるのかもしれない

 

 

 

 

 

 「総司・・さん・・?」

 

 立て掛けてあった梯子を上ってきた沖田に冬乃は瞠目した。

 

 「風邪ひくだろ」

 

 手渡されたものは冬乃の褞袍。

 

 「あ・・」

 

 わざわざ冬乃の行李から持ってきてくれたのだ。

 いつのまに彼は冬乃が此処に居ることに気づいたのだろう。ありがとうございます、と受け取りながら冬乃は、

 

 そういえば先程またも飛ばされた洗濯物を取りに屋根へ上がって、少し景色を見てようと座り込んでそのまま考え事に耽ってしまっていたことを。思い出し。

 

 「すみません、」

 このところ前にも増してこんな状態な冬乃を、沖田がまた心配しているというのに。

 「すぐ降りますっ・・」

 

 「降りなくていい」

 「え」

 沖田が梯子を上りきった。

 

 褞袍を着かけていた冬乃の、後ろへとまわった沖田が腰を下ろすと冬乃に残りの褞袍を着せながら、

 

 「せっかくだから俺も、此処に居ようかと」

 冬乃を腕に抱き寄せた。

 

 温かい抱擁にすっぽり包まれ。冬乃はどぎまぎと背後の沖田を見上げる。

 と同時に、

 

 「総司ー--!」

 

 土方の声がどこからか届いた。

 

 (・・え?)

 

 屋根の下を見やれば、幹部棟の向こう裏庭をゆく土方の姿が。

 

 「どこ行きやがったあいつ!」

 

 悪態をついている様子からわざわざ想像せずとも、見るからに、沖田を探している。

 「そうじさん・・」

 はらはらと再び背後の沖田を見上げた冬乃へ、

 例の悪戯っ子のような眼が笑い返してきて。

 

 

 「総司ー--!!」

 

 鳴り響く土方の怒号を耳に。

 大丈夫だろうかと戸惑いつつも前へ向き直りながら、この降って湧いた二人きりのひとときについ冬乃は微笑んでしまい。

 

 顔を上げれば、澄んだ冬空を背負う京の町並み、遠く見渡せる紅葉の山々。

 

 この美しい光景を今、ふたりじめして、

 土方から逃れてきた沖田の腕の中でこうしてぬくもりに抱かれて。

 冬乃はもう、土方には申し訳ないけど感謝さえしてしまいながら。

 

 

 

 

 「スオォォォウゥゥゥゥジイィィィィイー-!!!」

 

 

 

 

 

 「・・・・」

 

 

 いま呪詛に近い叫び声が聞こえたのだが。

 

 本当に大丈夫なんだろうか。

 

 

 再び沖田を振り返ってしまった冬乃を、

 

 今度は、苦笑する眼が見返してきた。

 「諦めて行ってくる」

 と。

 

 「冬乃も降りる?」

 

 

 「ハイ。」

 

 冬乃はもちろん、一緒に降りることにした。










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