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24.




 


 火傷の痕を隠すそぶりで頭巾を着け直した沖田、後ろには冬乃、さらに後ろをメタル三人組が付き従うようにして連なり、『井上二代目宗次郎侠客一行』は案内される縁側の廊下を進んでゆく。

 

 整った庭に見守られて縁側を行ききった先、角の部屋の前で、案内役の者が立ち止まった。

 

 「どうぞ井上の親分ご夫婦は、此処をお使いください。ほんでスズさん達の部屋はこの向こうの・・」

 

 その案内が終わるより前、突如つらりと隣の部屋の障子が開かれた。

 

 (あ・・っ)

 内心声をあげたほどの驚きを冬乃は咄嗟に隠し。さりげなさを装って少し目を伏せながら、

 

 同じく全く驚いた様子をみせない沖田が、軽く礼をしてみせるのを冬乃は視界の端に映して。

 

 その一方の端では。

 

 「なんじゃ、客か」

 

 隣の部屋を出てきたばかりの、その二本差の侍が顎の無精ひげを撫でながら、ぼそりと呟いた。

 

 

 「・・へい。親分のお客ですわ」

 

 案内役の男が、何故かすこし煩わしそうな声音で答えた。

 

 「わしの他に客が増えようと構わんがうるさくはしてくれるなよ。こっちは日夜、天下のまつりごとの相談をしているんだからな」

 

 なんだか偉そうなやつ

 侍の返しに、冬乃は目を伏せたまま胸内で感想する。

 

 「お侍さん、えろうすんまへんな。お隣しばらくお邪魔しますわ」

 スズがやはり感情をみせない声で、すかさず答えた。

 

 その男はフンと鼻を鳴らすと、よれて皺だらけの袴を捌きながら廊下を去っていった。

 

 

 「今のは」

 

 沖田が尋ねると、

 

 「ここ一月、親分が面倒みてはる侍ですわ」

 案内の男が大きく嘆息した。

 

 「なんや自分は長州様と昵懇や言うて、攘夷のために働いてる、部屋貸してくれ言うて来まして。親分は頼ってくる者には素性かまわず等しく面倒みはる侠客さかいに、あっさり貸してもうたんです。・・わてらはやめた方がええて進言しましたんやけど」

 

 「と仰ると」

 

 沖田のさりげない促しに、彼は日ごろの鬱憤があるのか身を乗り出してきた。

 

 「そりゃ、いくら攘夷や言うてるとはいえ、おおやけに長州様は天子様の敵方ですさかい。なにかのまちがえやとしても、それが撤廃されへんうちは、長州様と昵懇の侍を匿うていいわけがありしまへん。

 町方にはぼちぼち長州様を贔屓して匿うてる者がいてますけど、わてらからしたら阿呆ですわ。もしなにかのまちがえやのうて長州様がほんに天子様の敵やったらどないする気や」

 

 (よかった・・・)

 冬乃は、聞きながら心の底からほっとしてしまった。

 

 これなら、彼ら侠客一家は、たいして罪にとわれずに済むのではないかと。

 彼らは彼らのもつ独自の心意気で、あくまで頼られたから部屋を貸しているだけに過ぎない。

 (そう、貸してるだけ)

 決して積極的に反幕府的活動に協力しているわけではない、と、この場合いえるのではないか。

 

 

 「それにあの侍、日に日に横柄になりますんのや。なぁにが日夜まつりごとの相談や・・!他のさんぴんども連れ込んでどんちゃん騒ぎしくさって、えらい迷惑してますんや。まるで一昔前の天誅さわぎ起こしよった奴らと同じですわ、攘夷のためや振りかざして、金せびって、何してもええっちゅう態度や・・!」

 

 その当時に被害に遭ったりしたのだろうか。随分と怒りのこもった口調に、冬乃は同情の念をもおぼえて彼をまじまじと見つめた。

 

 「だいたい、これ以上匿うて、このままあない頻繁にさんぴんどもに出入りされよったら、親分の身かて危険に曝されますわ。新選組や見廻組に見つこうたら大変やってんのに・・・わてらが身代わりで済むんならええんですわ、もしそういかずに親分がとっ捕まってどないな目に遭うてまうか思うたら、心配で心配で・・!」

 

 

 「・・成程」

 

 何か思案するように相槌を打った沖田を、冬乃は頭巾の下からハラハラと見上げた。

 「・・・」

 スズたちもこころなし緊張した様子で沖田を見上げている。

 なにをかくそう新選組は、今まさに此処に居るのだから。


 

 「ならば不肖、この井上の宗次郎、一役買わせていただきましょう」

 

 (・・え?!)

 

 だが続いた、まさかの沖田の台詞に。

 案内の男は勿論、スズたちも冬乃も、いったいどうするのかと揃って目を瞬かせた。

 

 

 

 

 

 一切を己に任せるように言い、スズたちの部屋の位置を確認してすぐ案内の男を返した沖田が、

 部屋に入るなり荷物から矢立と紙を取り出すと、その場で何やら書き出した。

 

 「至急これを山崎さんへ届けてください」

 「承知いたしやした!」

 

 控えていたスズたちが、その手紙を懐に仕舞いながら、山崎の所在なら打ち合わせ済みの様子で、勇んで部屋を飛び出てゆく。

 

 

 冬乃は突如ふたりきりになった部屋で、茫然と沖田を見上げた。

 

 一体このあと事態はどうなるのか気になって仕方がないものの。

 今まだ隣の侍は不在なはずでも、あまり声に出して聞くことではなく。

 

 

 「大丈夫だ」

 

 冬乃ははっと、穏やかに返される彼の眼を見つめた。

 

 (あ・・)

 

 具体的な事は何も言われていないのに、その一言で、冬乃はその言葉どおり一切が大丈夫なのだと、

 みるみる心の内が安心感で満たされてゆくのを感じて。

 

 (まるで、言霊・・)

 

 冬乃にとって沖田からの言葉は、そんな力がある。すっかり心が落ち着いた冬乃は「はい」とにっこり微笑んだ。

 

 

 「親分」

 幾ばくもなく、障子越しにスズの声がし。

 

 先程閉めたばかりの障子を開け、沖田がスズたちを部屋へ入れた。スズたちの手には、来てすぐ出かけた訳を怪しまれないようになのか酒もあった。

 

 どうやら山崎達はよほど近くに居るらしい。そして酒売りの行商のなりでもしているのだろうか。

 

 

 「有難う。今日はもう休んでくれていいですよ」

 

 山崎からの返事を読み終えた沖田がそう労うと、心得ているようにスズたちは頭を下げた。

 沖田の手紙を受けた山崎から、すでに今後の計画を聞かされたのだろう。

 

 (今日はもう休むなら・・何かおこなうは明日なのかな)

 

 彼らの部屋へ帰ってゆくスズたちの顔は明るい。きっとスズたちにとっても『大丈夫』な結果が期待できるのだろう。







 そして冬乃は、下ろしたままの簾の向こうで揺れる町並みを眺めていた。

 

 いまは無事に『大丈夫』な結果で確かに終わって、行きと同じく武家駕籠で帰路を行くさなか。

 

 

 

 昨夜夕餉の後、沖田扮する井上二代目宗次郎は、家の主人、親分を訪ねた。

 

 親分のことをひどく心配している子分達の為に、あの侍を追い出した方が宜しいと。

 

 「不肖手前が手助けいたします」

 

 かわいい子分らを一番に大事にする親分とお見受けしたからこその、差し出がましい進言と何卒お受け取りください

 

 そう言った沖田に。親分は二つ返事で頷いた。

 

 「ご忠告、謹んでお受けいたします」

 

 侍の目に余る所業に内心、苦い想いでいた親分には、第三者の旅人が用意してくれたそのきっかけを無下にする理由など無かったのだ。

 

 

 かくして翌朝一番で、侍を無事に家から放り出した。もちろんそれ迄には一悶着あったのだが、

 

 沖田にあっという間に刀を叩き落とされた侍には、ただでさえ多勢に無勢、それ以上はもう暴れようがなく。

 

 丸腰のままで侍がこれまでの礼ひとつ言わず悪態をつきながら往来を数十歩行った角で曲がった先、

 

 待ち構えていた新選組にしっかり捕縛されたことまでは。

 親分たちは知らない。

 

 最後まで沖田たちは身元を明かさなかった。そのほうが、中立を望む親分たちにとっては良いだろうと判断したからだ。

 彼らが侍を匿っていた事についても、積極的協力は無かったとして今回は不問に付した。

 

 しかし変装していたとはいえ、いつか偶然に町中で近距離で出会ったりすれば気づかれる可能性はあるだろう。が、その時はその時である。

 侠客夫婦とたばかって潜入捜査で家に入り込んだことを、知ったら知ったとて、

 結果的に厄介者の侍を追い出せた顛末の有る無しに関わらず、あの侠気ある親分ならば責めはしまい。

 

 

 (良い人たちだったなあ・・)

 

 帰り際の、彼らのあいかわらず気持ちの良い送り出しの挨拶を思い出して、冬乃はおもわず顔を綻ばせた。

 

 (総司さんの侠客姿も見納め)

 

 ちょっと残念な想いも抱えつつ。

 

 

 簾の向こうには見慣れた町並みが見えてくるなか冬乃は、時おり吹き付ける風に寒そうに身を縮こまらせている人々の姿を眺めた。

 

 皆、もうすっかり冬の装いだ。

 駕籠の囲いで直風からは守られている冬乃でも、厚めの袷を纏うとはいえ着崩して露わな肌が、ぶるりと冷気で鳥肌立つのを感じた。

 

 (ついに、冬が来てしまう・・)

 

 明けない"冬" が。

 次には冬乃は、そんなことを再び思い起こしてしまい。今度は心の底からの悪寒に大きく身震いした。

 

 (・・いいかげんにして・・・!)

 

 きつく念じるように目を瞑っても、

 心の目ごと瞑ることは最早叶わず。

 

 最近はこうして些細な事からでさえ、この先に迫る未来へと刹那に意識が向いてしまうようになっている。

 

 

 いつになれば。未来を見据えることができるようになるのか。

 

 

 (総司さん)

 

 冬乃は髪へ手を遣って、そこに在る櫛に触れた。

 

 あの日の再逢の契りは、

 迫りくる未来を怖れている冬乃を憐れむように、冬乃の心奥で静かに燻っている。

 

 千代を看病した先にある結末も、かわらず気懸りなまま。

 

 先のわからないその未来も、

 

 沖田の死を迎える、そのわかりきった未来も。

 

 

 (・・いまだに両方とも受け止めることができないで)

 

 

 この先、どう立ち向かえるつもり

 

 

 

 いつのまにか握り込んでいた櫛に、掌が痛みを訴え。冬乃はそれでも離すことも忘れ、茫然と心の袋小路に佇んだ。

 

 

 

 冬の到来を告げる確かな風が一陣、ばさりと、簾をはためかせていった。

 

                 

   







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