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21.



 時々未だ夢にみるほどに。

 あの日の沖田の姿は、冬乃の瞳に焼きついたまま。

 

 

 

 そんな頃、ついに木枯らしが吹くようになった。

 

 冬乃の部屋の周囲でぴよぴよ鳴いていたヒナたちは、すっかり大きくなって。最近は殆ど部屋の近くでは見なくなった。

 もう屯所を徘徊するどのニワトリがあのヒナたちだったのか、大分見分けがつかなくなっている。

 

 それでも、目の前を我が物顔で横断するニワトリたちに出会うたび冬乃は、おもわずじっと見てしまう。

 結果的に沖田に命を救われたのかもしれないヒナたちの、変わらぬ無事を確認しようと。

 

 勝手な願いとわかっていても、

 この先も無事に生き抜いてほしいなどと、

 

 自分がいずれ、その命を糧にしてしまう一人でありながらも。

 

 

 (・・ほんとうに勝手だよね・・)

 

 そのとき冬乃にできることは、

 食事の膳に出された彼らを前に当然、食べないという選択ではなく、

 感謝と、

 せめてひとかけらの肉をも残さないで頂く事でしかないのに。

 

 ニワトリたちにすれば、殺されてしまった後に己の肉が食べられようと食べられまいと、変わらない事だとしても、

 

 そしてそれは頂く側の、贖罪をもこめた気持ちの表れ、一種の自己満足ですらあっても、だ。

 

 

 一方で冬乃は、ぼんやりと不思議に思う。

 なぜ、この世は他が他を食するように創られているのかと。

 

 植物でさえも、また、

 人間たちには知るすべがないだけで、意志も痛みもあるかもしれないなかで。

 

 

 (でも、逃げられない植物にまで・・そんなにまで残酷に創られてはいないよね?いくらなんでも・・)

 

 だけどそれも、冬乃の勝手な願いでしかないのかもしれず。

 

 

 

 冬乃はひとつ小さな嘆息とともに、先程ニワトリたちが向かった先の銀杏を向こうに見上げた。

 

 はらりと一枚、色を枯らした葉が舞い落ちてゆく。

 

 

 

 あたりまえだけども、

 

 (“神様” の心は分からないなぁ・・)

 

 

 冬乃は、そのまま天を仰いだ。

 

 

 

 仏教ならば、植物を“輪廻” のさだめから外して捉えている事を

 冬乃はあの旅行で、沖田の腕のなか紅葉たちを見上げながら聞いた。

 

 彼がいつかに、桜木に生まれ変わる事もまたひとつの“解脱” だと、冗談めかして言っていたわけを冬乃は納得したのだった。

 

 

 (でもなんでだろ・・)

 

 仏教がそうして、植物を苦しみの輪廻に含めなかったのは、

 

 植物を生命として捉えなかったからでは無いだろう。

 

 

 種から成長し、葉を伸ばし、花をつけ、実になる。姿を変えて巡ってゆく植物に、

 或いは小さな輪廻を垣間みたかもしれない人々の、

 

 心の成した願いゆえかも、などと。

 

 (そんなふうに思ってみても・・・いいかな?)

 

 

 植物には。魂が心が、宿ることなき、

 

 一切の感覚も思考も何もない存在であれと。

 

 

 (だって、)

 

 もしもそれらが宿りながら、

 種が辿り着いたその場から一生動けないというのでは。あんまりではないか。

 

 それに体の一部を手折らそうになっても食べられそうになっても、躱して逃げることもできないのだ。もしも痛覚があるのなら尚更だ。  

 

 尤も一方で、

 その事を哀れで残酷だと思うのは、人間の五感と価値観でみるからで、

 

 植物にとってはそれらはなんら不幸せでもなく、そして植物には植物の感覚と思考があって、幸せと不幸せがある。

 のかもしれないが。

 

 

 (・・・・)

 

 結局混乱してきた冬乃は、例によって思考を止めた。

 

 

 

 「冬乃ちゃん」

 

 (あ)

 銀杏の向こうから歩んできた藤堂が、冬乃を見るなり大きく手を振ってくれた。

 

 「何してるの?」

 ぼんやり立ち尽くしていた様子丸出しの冬乃へ、藤堂が足早に近づいてくる。

 

 冬乃は恥ずかしくなって苦笑いした。

 「ちょっとぼうっとしてました」

 素直に白状する。

 

 「もう」

 藤堂がつられるように苦笑した。

 

 「冬乃ちゃんは屯所に侵入した男に一度捕まってるんだから、気を付けててよ?」

 

 (うう)

 ぐうの音も出ない。

 

 片手にならば、一応木刀をさげているけども。

 確かにぼんやりしすぎた。

 

 「どこへ行く途中だったの」

 藤堂のその質問に、冬乃は更に「あ」と声をあげる。

 

 「厨房へ、近藤様のお食事を受け取りに・・」

 

 「ええ?それじゃ近藤さん今頃おなか空かせてるんじゃない」

 

 (ぅうう)

 「ごめんなさ・・ではっ、急ぎます・・!」

 

 冬乃は、微笑って手を振ってくれる藤堂を背に、大急ぎで厨房へと駆けだした。

 

 


 

 

 



 (あ、山崎様!)

 

 ものすごく久しぶりに見かけた山崎を遠くに、冬乃は一瞬、立ち止まった。

 

 あいかわらずな色男ぶりを醸す背が、まっすぐに幹部棟へ入ってゆく。

 観察の仕事から帰還したばかりの様子なので、冬乃と同じ目的地、近藤の部屋だろうか。それとも土方の部屋か。

 

 近藤の膳を手に、冬乃は足早に追うようにして向かった。

 

 

 

 「えらい久しぶりやなあ、冬乃はん」

 

 近藤の部屋の前で声をかけ、襖を開けた瞬間。はたして山崎が、近藤の前に坐しながら冬乃を見上げてきた。

 

 「大変ご無沙汰しております、山崎様」

 

 恭しく会釈で返す冬乃に、夏を越してまた一段と日焼けた顔が、にっこりと微笑む。

 「ますますべっぴんさんになってん」

 の、あいかわらずな挨拶付きで。

 

 冬乃はありがたくその社交辞令を頂戴し、ぺこりと再び礼をして。

 それにしてもよく焼けている山崎を、まじまじと見た。

 

 長らく長州方面との往復で、彼が今年に浴びた日の量たるや、隊中一なのではないだろうか。

 元々色黒の沖田と違って、真冬には白さを取り戻し役者絵から抜け出た感をさらに増す山崎も、まだまだ今年は夏の名残り深き様子。

 

 

 「・・と、お茶、急いでご用意します」

 冬乃ははっと気がついて、慌てて動き出した。

 

 「まぁた見つめられてもうた。あかんわ、めっちゃどきどきしてもうたやんか」

 「そりゃあだめですよ山崎さん、冬乃さんはもう総司の妻ですから」

 「ほんまになあ、沖田はんは幸せもんやわ!」

 笑い合う山崎と近藤に、冬乃はもはや赤面して。

 

 「近藤さん、入るよ」

 更には、廊下から不意打ち同然で聞こえてきた土方の声に、

 (わ)

 冬乃は咄嗟にもうひとつ湯呑を取らねばと慌てすぎて、手を滑らせた。

 

 ころころと転がってゆく湯呑が、

 残酷にも、ちょうど襖を開いた土方の足元へと到着する。

 (ぁああ・・)

 

 あからさまに狼狽えだす冬乃へ、じろりと土方の一瞥が飛んできた。

 

 「土方さん、前、御免」

 

 (!)

 

 不意に、土方の横合いから伸ばした手で湯呑を拾い上げ、そのまま姿を見せた沖田に。冬乃は瞬間、救いの神でも見た想いで一気に破顔した。

 

 「はい」

 冬乃の前まで来て、少し屈んで湯呑を渡してくれる沖田に、

 「ありがとうございます・・!」

 受け取って見上げながら冬乃は、嬉色を隠しきれない。

 

 「なんや、この極上の幸せな雰囲気は・・?!たったこんだけのやりとり見ただけやのに、割り込める隙なんかちぃっとも無いこと思い知らされるわ」

 「そうでしょう、そうでしょう」

 またも笑い合う山崎と近藤に、冬乃は再び赤くなったが。

 

 ちなみに目の前の沖田はというと、ひたすら満面の笑みである。近藤が祝福してくれていることが心の底から嬉しいようだ。

 

 「沖田はん、冬乃はん、ほんまにおめでとうさん!」

 

 「「ありがとうございます」」

 山崎の祝辞に、冬乃と沖田の礼がぴたりと重なる。

 

 「はあ・・何から何まで、すでに長年付き添った夫婦にみえるわ・・」

 山崎の感嘆まじりの声音が追った。

 

 「そろそろ話に入るぞ」

 襖の前から土方の仏頂面の声音が更に追った。

 

 

 余談だが。

 先日旅行から帰屯した沖田と冬乃の結婚報告に、なんと沖田と冬乃の休暇延長という“祝い” を贈ってくれたのは、

 現在(表向き?)仏頂面でいる土方である。

 

 

 

 

 

 

 

 「侠客のふり、ねえ・・」

 

 沖田も初耳の様子で笑い出す、その横で。

 

 今しがた出された話に、冬乃は唖然と土方を見やった。

 

 

 (きょうかく・・・)

 

 とは、いってみればやくざ者である。尤もその響きは、心根からの悪人とは区別された、弱きを助ける人種のほうではあるが。

 

 冬乃の脳裏には鮮やかに、時代劇ドラマでみた町火消したちが通う賭博のシーンが甦った。

 

 

 「侠客のふりっつうか、おめえはハナから侠客も同然だがな」

 

 「なに自分は違うような物言いしてんです」


 「ははは!」

 土方と沖田の応酬に、今度は近藤が笑い出した。

 

 「そりゃそうだ、総司を連れまわしてた張本人はおまえだ、歳」


 連れまわしてた、とは、それこそ例の江戸の頃の博打やら何やらの件だろう。

 ていうか近藤公認だったのかと。冬乃はますます目を丸くする。


 「ひとつあんじょう宜しゅう頼みます。めおとの侠客のふりなんてこと頼めるんは、お二人しかおまへんのですわ」



 そうなのだ。

 

 山崎の依頼は。沖田と冬乃に、侠客の夫婦のふりをして、ある潜入捜査の足掛かりをまた作ってほしいということだった。

 

 

 (それって、私が・・)

 

 片襟を落として、サラシを巻いた胸を丸見えにして、さいころ振って、どん、と壺に隠し置いて、

 言い渡す。

 

 『さあさあ!丁か半か!おかけなすって!』

 

 

 ・・・・コレをしろってことおぉぉ??

 

 

 

 おもわず内心で叫んだ冬乃の横では、さっそく沖田が委細を山崎に確認し始め、それを聞きながら近藤が食事を始めて。

 

 残る土方をちらりと見やれば、腕を組んでちょうど冬乃を見ている土方と、ばちっと目が合った。

 ばち、はもちろん火花である。

 

 (って、なんで)

 

 組んだ腕がいっそう威圧的な冬乃の天敵は、次には冬乃を上から下まで吟味するように視線を流すと、再び冬乃の双眸を見据えてきた。

 

 (なんですか!)

 

 「歳は冬乃さんにどんな格好をさせようか考えているんだろう」

 二人の火花に気づいた近藤が、慌てて代弁してきて。

 

 (え)

 冬乃は瞠目した。

 

 (恰好?)

 やはりドレスコードがあるようだ。本当に胸にサラシを巻いてチラ見せするはめになるのだろうか。

 

 「せやな、髪をおろしてはるのはそのままでええ。化粧はたんまり、服は町娘仕様でええけども、適当に着崩してもらいます」

 続けて山崎が告げてくる。

 

 (その着崩すって、どのぐらいですか・・)

 

 慄く冬乃に、そして横から沖田が継ぎ足した。

 「木刀の携帯と、布で目から下を覆うのも忘れずに」

 

 (・・・んんん?)

 

 そして冬乃の脳裏に完成した想像図。

 

 流し髪で、くのいちみたいに布巻で目だけを出した顔、その唯一見える目元には濃い化粧、肩から落ちそうな両襟、のぞくサラシの胸元、太腿が見えそうな緩い裾、その手には木刀。

 

 (・・・・。)

 

 

 眉間に皺が寄ったらしい。

 沖田に面白そうに指で眉間をなぞられ、冬乃は目を瞬かせる。

 

 「そないに力まなくてもええ、適当で」

 山崎もたまらなそうに笑いだした。

 

 「それに裏で鉄さんに動いてもらう手筈は付けとる。冬乃はんは、その場に沖田はんの女房としてただ居てくれはるだけでええんや」

 

 (・・鉄さん?)

 

 「そういえば、冬乃さんは鉄さんとはまだ面識がないんじゃないか」

 近藤が茶を手に呟く。

 

 「あ、そうでしたか。鉄さんいうんは、ここいらの界隈で名の知れた博徒ですわ。会津様と新選組に多大に協力してくれてはる侠客や」

 

 (それって、もしかして・・)

 

 今度こそ冬乃は、目を見開いていた。

 

 通称、会津小鉄、ではないか。

 

 金戒光明寺の会津屋敷建設に携わった侠客清八とのつながりで、会津と関わるようになったいわれ、長らく会津と新選組の京都での活動に縁の下の力持ちとして尽力し、

 

 のちの鳥羽伏見の戦いでは、野ざらしにされていた旧幕府軍の遺骸を危険を顧みずに回収して、金戒光明寺に埋葬したという、まさに任侠の人だ。


 函館戦争で旧幕府軍の遺骸を埋葬し、慰霊碑として碧血碑を建てた柳川も、侠客であった。慶喜と親交深い江戸の一大侠客である新門の、その子分でもあった人。

 

 (そうだ・・)

 生家がここ西本願寺の御典医であったという美濃の佐幕派侠客、水野は、藤堂たちが新選組を分離する際にも関わり、

 のちには、兄である伊東を殺された鈴木とともに、新政府側として転身し赤報隊に加わることになる。


 幕末維新にかけては、こうした多くの侠客たちが、幕府方または反幕府方として裏で活躍していたことを。冬乃は思い出した。

 

 

 そんな侠客たちのひとり、会津小鉄。


 (・・・どんな人なんだろう)






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