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8.



 ほどなくして帰屯した近藤に、休憩していいと言われた冬乃は。

 (総司さん・・)

 逢いたい想いのままに部屋を覘いてみたがすでに沖田はおらず、うろうろと探してしまい。だが幹部棟の周りで出会ったのは、暑そうにしている豚たちだけだった。


 冬乃は沖田が一番居そうな道場へ向かってみることにして、昼前の照りつける日の下を歩み始めた。


 夏も終わりを迎えているとはいえ、日中が真夏と変わらないのは平成と同じで。秋の便りは未だどこにもない。

 当然いろづく気配も全くない銀杏の大木を向こうに見ながら、冬乃は早く軒下へ入ろうと足早に道場へ急いだ、

 

 そのせいで不意に目の前に飛び出してきた男に、冬乃はぶつかりそうになって。

 

 「ご」

 ごめんなさい

 言いかけた冬乃は硬直した。


 「新選組の女中か」

 男が。

 抜き身の脇差を突然、冬乃の首元に向けたからで。



 屯所の周囲には常に見張りがいる。


 いったいどうやって、この見るからによそ者の男が侵入し得たのか。


 「・・・違います」


 冬乃は、慎重に返していた。

 下手に新選組と関わりがあると知られないほうがよさそうな気がして、首を振ってみせる。

 「此処には旦那様に商いのお使いを頼まれて来ただけです」


 「おまえ京者じゃないな」

 冬乃の発音にぴくりと眉を上げた男に、

 「出稼ぎに来たんです」

 冬乃は咄嗟に繕う。


 「あの、もうお許しください・・」

 怖がっているふりも勿論、忘れない。


 いや、いま刀を首元に当てられているのだから怖がらないほうが変だ。


 とか思っている時点で、冬乃は怖がっていないのだが。


 (白刃を見慣れちゃったのかな・・)

 それが良いのか悪いのかどちらにしても、およそ現代を生きていたならありえない心境である。


 「駄目だ、おまえには悪いが、このまま来てもらう」


 どこへ行く気なのか。

 (早く総司さんに逢いたいのに)

 冬乃は内心溜息をつき、男が促すのへ素直に従いながら今来た道を引き返し始めた。


 隙あらば簪を引き抜くつもりで、冬乃は横を行く男に気を向けるが、それなりの遣い手なのかもしれず全く隙が見当たらなかった。

 冬乃は機会を得ぬまま、二人はやがて蔵構えの建物に着いた。

 

 (ここ・・)

 存在は知っていても冬乃が足を運ぶことのない界隈。

 捕らえた浪士達を一時的に入れておく仮牢で。

 

 「・・あっ」

 二人に気づいた牢の番の隊士達が声をあげた。

 広間などで何度か見たことのある平隊士達だ。彼らも当然冬乃を認識し、冬乃が脇差を当てられている状況に驚愕した顔を向けてきた。

 

 「この女、組に使いで来たと言っているぞ!」

 

 男が大声で隊士達へ叫んだ。

 

 「組の客を殺されたくなくば、その牢を開けろッ」

 

 無理があるんじゃないかな

 冬乃はもう一度、内心で溜息をついていた。

 

 本当に冬乃が使いの女中であったとしても、組の客と言ったとて相応の身分でもないただの女中のために、いちいち組として対応するわけが、

 「分かったッ、分かったからその人に手を出すなよ!!」

 

 (え)

 

 隊士達がいずれも大慌てで牢の錠を開けにかかった。

 

 (うそ)

 

 

 冬乃が唖然とする前で、隊士達によってみるみるうちに厳重な封印が外されてゆく。

 鎖の部分が解かれ、錠がいよいよ外されようという時。

 

 「おい、余所見してんなよッ」

 

 突如、冬乃達の背後から鳴った声と共に、咄嗟に振り返った男へヒュンッと石のような物が飛んだ。

 慌てて男が、冬乃に向けていた脇差で払おうとし、

 

 冬乃は、脇差が離れた刹那に男から飛び離れて簪を引き抜いた。

 と同時に冬乃の前で、男が声の主の一撃を脇差を捨て大刀でかろうじて受け止め。

 

 キイインと火花の散るようなその幕開けを、

 

 飾った声の主は。

 なんと山野で。

 

 「新選組に単身で乗り込んでまで・・」

 

 すっと男から一旦離れ、山野がチャキリと正眼に構え直す。

 

 「牢破りさせたい仲間は誰だよっ・・と!」

 

 その台詞の終わりが山野の二度目の攻撃の瞬間だった。

 

 「うわああぁぁッ」

 勝負は、一瞬についた。


 男は斬りつけられた両腕から刀を取り落とし、地に膝をつく。

 

 平隊士達が急いで男の止血と捕縛を始める中、山野が冬乃を見やって、にっと微笑った。

 

 「俺、こう見えても強いの」


 もちろんのこと、そんな表情も常ながら美しい。


 「知ってます」

 

 冬乃は、これは助けてもらったうちに入ると次には気づいて、

 「ありがとうございました」

 頭を下げた。

 

 「さて、と」

 どこか照れたような声に、冬乃が顔を上げると、

 

 「俺から報告しとくから何で冬乃サンが捕まってたのか教えて」

 山野が、連絡に走る平隊士の一人を目で見送りつつ、そんな業務的な台詞を告げた。


 「屯所内を歩いてたらいきなり脇差を突き付けられました」

 

 「弟をッ・・弟を返せ!!」

 すっかりお縄にされた男が喚いた。

 

 「弟?」

 山野が男を向く。

 

 「そうだ!田道権右衛門だ!俺の弟はおまえらなんかに捕まるような事はしてない!!」

 

 「それはこれから調べれば判る事だ」

 山野が憤然と返すのへ、

 

 「拷問にかけて無理矢理ありもしないことを自白させるんだろうが!!」

 男は涙さえ浮かべて叫んだ。

 

 

 (この人、新選組を誤解してる・・)

 

 平成の世ではあってはならない拷問という仕組み、しかも冬乃も拷問されかけた身としては、男の抱く恐怖も理解できるものの。

 

 組はなにも捕らえた者を誰でもかれでも拷問にかけたりはしない。

 組にも体制側としての制限がある。

 

 

 組が拷問で問いただす時は、濃厚な嫌疑が存在しながらも証拠が薄い場合、

 または政治的活動なり破壊的活動なりの現行犯であったり、組の人間を襲ってきたような場合であり。

 

 いいかえれば、裁きの場に引き渡すために一時的に身柄を預かる立場の組が、必要以上に労力を割くことはない。

 

 

 「我らは国抜けしてきたが、お上にたてつくような事などしていないッ」

 男の訴えは続く。

 

 「この動乱に、何か我らにもできないかと居てもたってもいられずに京にやってきただけだ!!新選組にだって入れるなら入りたいと思っていたんだ!!それなのに・・ッ」

 

 (え?)

 「なんだって?」

 冬乃の心の声と山野の声が重なった。

 

 「いったい何を誤解されて弟が捕まったのかはしらんが弟は無実だ!!返してくれ!!」

 

 男に繋いだ縄を手に、左右の平隊士達が戸惑った顔を山野に向けた。

 

 

 「・・誤解があったなら、それも調べればわかるさ」

 一呼吸おいて山野は、男に宥めるような声を出した。

 

 「だが俺達だって意味もなくひっ捕らえたりしねえよ。あんたの弟は何か誤解されるだけの事をしたんだ」

 

 山野の言葉に男は一瞬歯を食いしばる。

 

 「それでも簡単に拷問などしない。あんたのこともだよ」

 

 はっと男が顔を上げた。

 そして、がくりと項垂れた。


 組に侵入してきて、冬乃を人質にとって騒ぎを起こしたのだ。男も弟同様、これから拘束されるのは当然だった。

 

 

 (・・・でも本当に誤解だったなら、早く解けるといいね・・)

 冬乃は溜息をついた。

 

 冬乃がひたすら胸に想うことは変わっていない。

 

 

 早く総司さんに逢いたい。

 




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