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碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。  作者: 宵月葵
【 第三部 】 愛の記憶
270/372

3.



 

 「それは」

 遠慮する

 言いかけた沖田は、だが周りを取り囲んだ五人を一瞥し、

 

 考えを変えた。

 彼らがいずれも、たいした腕ではないと見てとれたからで。これなら冬乃を危険な目に合わせる心配は無い。

 これまで特訓した冬乃の、腕のほうが上だ。

 

 

 突如の騒動に沸く、路地の人々の悲鳴の中。

 

 「これまた随分、美味そうな稚児だな!」

 下卑た笑いで、ひとり早々に抜刀した男が、冬乃を上から下まで舐めるように見てにやつく。

 

 「わしらにも奉仕してもらおうかね・・!」

 「沖田ッ、貴様には悪いがその稚児、戦利品として頂戴するぞ!」

 続く他の男達の嗤い。

 

 

 どうやら冬乃の男装はひとまず成功しているらしい。

 彼らの目に冬乃が女に見えていないだけ、沖田は安堵した。

 

 だがここで冬乃の顔を覚えた彼らに、別の時に女の姿の冬乃を識別されずに済むとは限らない。

 

 

 全員、一人として逃がすわけにはいかぬようだと。

 

 

 「・・無駄口は終わったか」

 

 沖田は。冬乃の手をそっと離した。

 「おまえ達の戦利品なら」

 

 「一瞬の死だ。苦しまずに逝かせてやるよ」

 

 煽りの口上を投げておく。

 逃げ出す事も忘れるほどの闘争心をできれば煽るべく。

 

 「な・・んだと!!」

 「死ぬのは貴様だ沖田ア!!」

 実際のところは聴取のため、数人はひっ捕らえて牢へ放り込むのだが。

 


 「それから言っておくがおまえ達より遥かに、この“彼” のほうが腕がたつ」

 

 沖田の視界の端、冬乃がはっと沖田を見た。

 

 「ばかなッ!そんなわっぱが、わしらより遣えるわけがないだろうが!!」

 

 「刀を」

 そんな冬乃に、名は呼ばずに声をかける。

 

 「抜いて構えなさい。俺の背中を預ける」

 

 彼女の息を呑む気配がした。

 

 

 「ただし決して離れないように。これまでの稽古の実地訓練だ」

 

 

 「・・・はいっ!」

 

 威勢のいい冬乃の返事を皮切りに。男達が一斉に抜刀した。

 

 

 

 

 

 

 

 広い往来ながら、道の一方を多少でも塞ぐかのようにして傘を投げ捨てた沖田に倣い、冬乃も同じ位置へと傘を投げて、刀を抜いた。

 

 (黙って聞いてれば稚児稚児って)

 

 稚児は若衆の別称。

 つまり彼らには、冬乃が成人男子では無しに、若衆に見えているらしいことは分かったものの。

 

 (今日は前髪だって無いのに)

 どうも納得がいかない。

 

 冬乃は少々怒りまじりに刀を構えた。

 

 自分の背を、沖田の背に合わせて。

 

 二人が先ほど意図的に投げ置いた傘を避けながら男達は、もう数歩ずつ近づき、そんな二人を取り囲む。

 

 

 (この人たち・・)

 

 冬乃は構えながら男達を見回して、先ほどの沖田の台詞を思い出した。

 冬乃のほうが遥かに腕が上だと。

 

 沖田にそう言ってもらえたことで冬乃の内に生じた自信に、まるで後押しされるように力まで漲るようだ。

 そして、確かに冬乃の目にも、彼らが大した腕では無いことが段々と見えていた。

 

 そもそも間合いが近すぎるのだ。読めていないのだろう。

 

 冬乃の側からは分からないものの、沖田に対面している男達も恐らく似たり寄ったりではないか。沖田の間合いの広さからすれば、すでに男達は沖田の手中の距離。

 

 今の時点で彼らはとっくに斃されていてもおかしくない。

 

 

 (・・なのに、どうして動かないのですか、総司さん)

 

 

 冬乃は、だが次の瞬間、はっと目を瞬かせた。

 

 沖田が敢えて何も仕掛けないでいる訳に、気づき。

 

 

 これは。

 冬乃のための場なのだと。

 

 実地訓練。彼はそう言ったではないか。

 

 

 

 冬乃は、ぐっと柄を握り締めた。

 低く、息を吐き出し。絶好の機会を見極めるべく男達を見据えた。

 

 インフルエンザになった日のあの稽古以降も、何度か折を見ては沖田に特訓を受けてきた。

 これまでに教わったすべての事を冬乃は脳裏に奔らせる。

 

 否、

 心で思い起さずとも。体が、もう覚えているはず。

 

 

 「おらア!」

 目の前の男が、痺れを切らしたのか突いてきた、

 

 その瞬間、

 冬乃は事実、自然と動いて。男の剣を擦り上げた最上部で手の甲を返すなり、

 

 滑らせるように男の手首を払った。浅いとはいえ激しく噴き出す血と悲鳴の中を、

 冬乃の返した剣はそのまま、男の隣から慌てて打ち込んでくるもう一人の肩先を斬りつける。

 

 と同時に飛び下がり、沖田の背へと冬乃は戻った。

 

 「ぐ・・うわああぁぁ・・!!」

 

 斬られた二人とも、もはや痛みで剣を握っていられず取り落とし。傷を押さえて悲鳴をあげ続け、

 「次、こっち」

 背後の沖田が囁く声に冬乃は、彼と背を合わせたまま入れ替わるように動いて、

 

 沖田が負傷の二人へ峰打ちでとどめを加えたのを目の端に、冬乃は残る三人の男と対峙する。

 

 「こンのやろう!!」

 

 忌々しげに顔を引き攣らせた男と、いま憤怒に叫んだ男が、同時に振りかぶってきたところへ、

 冬乃は彼らの剣が振り下ろされるよりも早く、逆袈裟を繰り出し、

 彼らの腕を下から大きく薙ぎ払った。

 

 刹那に、

 悲鳴をあげ出す男達の横合いから、最後の男が勢いよく斬りこんできて、

 

 冬乃が急いで護りの体制をとろうとした時、だが男はガクンと崩れ落ちた。

 

 (え)

 

 崩れる男の後ろで、男から刀を引き抜く沖田が、冬乃の瞳に映り。

 

 いつのまに沖田は男の背後へ移動したのか。見れば冬乃が今しがた腕を斬りつけた二人も、すでに沖田が峰打ちした後なのか倒れている。

 冬乃は次には、恥じ入って小さく息を震わせた。

 

 その瞬間毎の目の前ばかりを見ていて、全体をまだまだ見れていなかったことに。

 だからこそ横合いから男が斬りこんできた事にも一瞬反応が遅れた。

 

 

 「よくできました」

 

 なのに、

 続いて落とされた優しい声の賛辞に。

 

 冬乃はおもわず、血糊を払い納刀した沖田を見つめた。

 

 「・・でも」

 

 「二人で援けあって闘っていたのだから、貴女ひとりで全員対処する必要はない」

 

 「え」

 (援けあって・・)

 

 「とても良い動きだった」

 「あ・・ありがとうございます・・!」

 

 正確には、冬乃が沖田に援けられて闘っていたといったほうが正しいだろう。

 

 いつかは本当に、沖田と援けあって闘える日がくるのだろうか。

 (・・まさか)

 きっと、そんな夢のような日は来るはずも無いに違いない。

 

 それでも。

 

 

 尊敬してやまない、剣豪、沖田総司に。

 

 二人で援けあって闘っていたと、

 

 (そんなふうに言ってもらえるなんて)

 

 背中を預ける、

 そう言われた時の感動がなお残る冬乃の胸には激しい歓喜が、一気に押し寄せて。

 

 

 

 

 不意に、沖田が近寄ってきた。

 

 つと顎に指を添えられ。

 次には、そっと持ち上げられた冬乃は、驚いて目を見開く。

 

 

 ここは、町中。

 

 まして今。遠巻きの人だかりの中。

 

 そんなこと、全くお構いなしのように更に近づいてきた沖田の、

 

 (・・え?)


 舌先が。丁寧に冬乃の目尻を舐めとった。

 

 

 

 感動のしすぎで涙が零れていたことに、冬乃が一寸おいて気がつくよりも前、

 

 人々の歓声とも悲鳴ともつかぬ叫び声が沸いたのは、

 あたりまえである。

 

 

 

 

 

 


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