171.
いつもの冬乃の調子で、またそれと意図せず口にしたのか、
それにしては、今のはあまりに明確な台詞だと。つまり答えは九割九分、分かっていながらも。
「それ、」
確かめぬわけには、いかなかった。
間違っても一縷の勘違いで、この箍を外すことなどあってはならないと。
「言葉通りに、受け取らせてもらうけど」
いいんだね
ゆえに覗き込んだ沖田の。眼から逃れて冬乃が、
月明かりに耳朶まで色づかせ。
小さく、いじらしい仕草で俯いた時。
「・・冬乃」
激情に、駆られる一寸手前で沖田は、尚かろうじて踏み止まるに。かつてないほどの心の労力を要し。
最後の思慮のための猶予を、つくるべく冬乃の少し震える体を只、抱き寄せた。
否、
どれほど、
感情が高ぶろうと、常に心の底は静まったまま我を忘れることがなかった、
その己の心に。
冬乃だけが、こうまで火を点けることが出来得て。
そして、
冬乃は確かにもう大丈夫だと言ったのだ、
なら、点せども。
今の彼女にならば、それが許されるということを、
今度こそ、踏み止まらなくてもよいのだということを。
認めた瞬間、
内に滾る想いは。堰を切った。
優しく抱き寄せられた冬乃の体は、次には激しく抱き締められ、
「…っ」
冬乃は圧されて、息をついた。
(・・あ、)
冬乃の体は、より一層、引き寄せられ。
「ン…ッ」
(総司さ・・)
「冬乃」
掠れた、一段と低い声に。そのまま心の臓を掴まれたように冬乃は、はっと沖田を見上げた。
「・・先に言っておく」
冬乃だけに向けられる、愛しいものをみるその眼差しは今、それだけで冬乃の心を焦がしてしまいそうな強い熱をも帯びて、
「もう、この先」
冬乃を射すくめ。
「止められる自信は無い」
刹那、冬乃の視界は反転した。
沖田の腕に抱き上げられたのだと気づいた時には、冬乃の瞳は、まっすぐ向かう寝室の橙光を映した。
「……っ」
もう幾つ、散らされたか分からない、冬乃の躰じゅうへの激しい口づけと、
己の服も脱ぎ去った沖田の、硬く温かなその肌の感触は、冬乃の鼓動を否応なく高めて。
強く抱き締められるたび、鋭いほどの幸福感が冬乃を襲った。
何度でも、もうこれほどの深い幸福感のなかにあっても冬乃は、それを怖れずにいられる自分を強く感じていた。
見上げれば冬乃の瞳に映るは、見下ろしてくる沖田の優しくも、冬乃の身の芯を焦がす熱の眼、
それはこの家での最初の時と同じように。
違うのは、その熱が。もうこの世からの疎外感すら、今においてさえ解かしてしまえるまでに、
冬乃の心が、それを叶えることができるまでに。
すべての枷から解放された事。
愛情を湛えた彼の強い想いは、この押し寄せる熱のように、冬乃の内へと流れ込んで。
「総司…さん………っ…」
互いの魂が、最も近づけるこのときを望みながら。それでも想像もしなかった、
こんなすべがあったことを。
こんなふうに、
彼の愛を、溢すことなく冬乃のすべてで受け止めることが、
愛しい想いを言の葉も要さずにこんなにも伝えあうことが。
できたなんて。
「・・冬乃」
涙がとまらない冬乃を。
沖田が心配そうに見下ろした。
冬乃は慌てて首を振ってみせた。
「幸せ、・・すぎて・・だから、っ・・です」
声にすれば嗚咽まじりになってしまいながら、懸命に伝えた冬乃は。
それから。冬乃の涙がやがて止まっても、
優しい深い抱擁に、長い間、包まれ続けていた。




