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163.




 「ああ、あの物見遊山の人達か」

 

 伝言を聞いて沖田が呟いた言葉に。

 

 「物見遊山?」

 永倉は目を瞬かせていた。

 

 「江戸から京に、休暇に来たんだそうで」

 「この動乱真っ只中の京にか?!・・今の京の情勢を知らない者なんて、さすがに江戸にゃいないと思ってたが」

 「“将軍様” が上洛されている今ならば、心配無用と思ったそうですよ」

 

 「そういうことか!」

 永倉は、納得すると同時に笑い出した。

 

 「なるほど江戸のお膝元でぬくぬく居りゃあ、その泰平ボケな考え方も仕方ねえわな」

 

 おっと失言。と永倉は己の片頬をペシリと平手打つ。

 

 「な、その女、まだ暫くは京に滞在してんなら、あとで紹介しろよ」

 女の待つ応接間へ向かい出す沖田へ、永倉は声を追わせた。

 

 「お堅い商家の娘だそうだから、期待しても無駄だとは思いますがね」

 沖田が哂った。

 

 

 

 

 冬乃は逃げ出してきたものの、お鈴が沖田に何を求めて訪ねてきたのか、一方で気懸りであり。

 (でも)

 

 たとえば沖田に茶を出す振りをして覗いてみたところで、長居できるわけでもないのだから、却ってもっと気になりそうで。

 

 (我慢して、ここに居たほうがいい気がする)

 

 今の時間なら、そのうちお孝が休憩に此処、女使用人部屋に戻ってくるはずだ。お孝といつものように世間話でもしていれば気も紛れてくれるのではないか。

 

 

 

 そして幾らか時が進んだ。

 

 (・・・・。)

 

 残酷すぎるひととき。

 

 頼みの綱のお孝も未だ戻ってこない。

 

 部屋を閉め切っていては息が詰まると、つと冬乃は立ち上がり。よろよろと向かって障子を開けた。

 目に眩しい青空が、どんより暗い冬乃をまるで揶揄うように見下ろしてくる。

 

 

 ・・やっぱり覗きに行ってしまおう。

 冬乃が決意するまで、それから時間はそう掛からなかった。

 

 

 

 

 (あの人・・)

 

 お鈴のお供の太兵衛だ。応接間の前で佇んでいる。

 

 (なんで中に居ないの)

 

 廊下を進み近づく冬乃に、まもなく太兵衛は気が付いて丁寧に会釈をしてきた。

 冬乃も会釈を返して、手にした沖田用と二人のおかわり分の茶へ、太兵衛が視線を向けるのを見た。

 

 「有難うございます。手前のほうでお預かりさせてくださいませんか」

 

 変なことをいう太兵衛に、冬乃は理解まで及ばずに動きが止まって。

 太兵衛がそんな冬乃に遠慮がちに促すようにして、盆のほうへと両手を差し出してきた。

 

 「あ・・の、どうかなさったのでしょうか・・」

 漸う紡ぎだした冬乃の問いかけに、太兵衛の両手が宙に留まる。

 

 「少々、・・お人払いをお嬢様に頼まれまして・・・申し訳ございません」

 

 「・・・」

 

 いったい、中で何を話しているのか。

 助けてもらった礼に、人払いをしなくてはならないような会話が伴うものなのか。冬乃には想像ができない。

 

 いつのまにか握りこんでいた盆の縁から、掌に圧迫の痛みを感じて。冬乃はむりやり乱入したくなる想いを次には押し込め、太兵衛へ盆を差し出した。

 

 「・・それではよろしくお願いいたします」

 

 太兵衛が恐縮した様子で、盆を受け取った。

 時。

 

 「気遣いは不要ですよ。彼女も、太兵衛さんも、入ってもらって結構です」

 

 襖の外での冬乃達の会話が中へ筒抜けだったのか、沖田の声がした。

 

 「そんな・・っ」

 中から続けてお鈴の戸惑った声がして。

 

 冬乃はもう。何が何なのか分からず、怖々と襖を開けた。

 

 両刀を片手にさげて立つ沖田と、彼の胴に腕を回してしがみついているお鈴の姿が。目に飛び込んできた。

 



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