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158.



 

 予感は当たったどころか。

 

 眠れない、のはもちろんのこと、あらゆる“おねだり” を受け止めてもらえたうえに、

 振り回されているのは結局、冬乃のほうで。

 

 

 始まりは。どこからだっただろう。

 沖田が布団に入ってきて冬乃を腕枕した時からか、

 それより前の、湯呑に水を汲んできて枕元に置いた沖田が、布団の中から見上げた冬乃の額に『ただいま』の口づけをした時からか、

 

 さらに前の。

 子守歌を聴かせてもらった、その時からかもしれない、

 なぜかピンクのとげとげの姿が想い浮かぶ豚インフルエンザに対して冬乃が、ついにはありがとうと内心呟いてしまうくらいに、幸福感に溺れだしたのは。

 

 

 「水いる?」

 

 ちっとも寝つく様子のない冬乃を覗き込んで沖田が微笑う。こんな結果は分かりきっていたかのように。

 

 (あ・・)

 

 冬乃は再び近づく沖田の顔に、とくとくと速さを増す胸音を感じながら、目を瞑る。

 

 先ほども、冬乃が腕枕に落ち着いたあたりで、沖田が水を飲ませてくれた。もとより冬乃がお願いした事だ。  

 只、想定と違ったのは。

 

 「…ン」

 口移し、だったことで。

 

 今も優しく注ぎ込まれる水は、塞がれた唇ごと、冬乃の喉をゆっくりと潤してゆく。

 少しつたうほどに濡れた冬乃の唇は、離されると同時に沖田の舌先でそっと、その水滴を舐めとられた。

 

 そんな頃にはもう冬乃の心臓は、あたりまえに喧しい。

 抱き起こされて湯呑で飲まされるものとばかり思っていたから、冬乃は先ほどの一回目には仰天して、危うくむせるとこで。

 

 振り回されているのは自分のほうだと。はっきりと“諦観” したのも当然である。

 

 

 それに咳が始まれば、治まるまで後ろから抱き包むようにして背を撫でていてくれて。

 そのまま沖田から隠れるようにして、静かに懐紙に鼻をかみ枕元の屑入れに捨て、漸く一時の辛い症状からの解放にほっと息をつく冬乃を、

 もう大丈夫そうかと、沖田は己のほうへと向き直させ、お疲れ様と言うかのように冬乃の頭を撫でながら抱き締めてくれるのだから。

 

 (こんな看病してもらえるなんて)

 

 ずっと風邪ひいていたい。だなんて思ったら罰が当たるだろうか。

 

 

 「ありがとうございます、総司さん」

 

 冬乃は何度目かになるその囁きを、目の前の沖田の喉元でくぐもらせた。

 

 そして、時々気まぐれに奏でられる沖田の子守歌を耳に。

 その穏やかに低い朗々とした歌声が、冬乃をますます溺れさせてやまないなかで。

 

 (しあわせすぎます・・・)

 

 眠れないけど。

 むしろ、もったいないからもう眠れなくていい。

 冬乃はそっと幸せに因る溜息を、またひとつ零した。




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