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152.



 

 

 (ぜったい“不健全” なコトしてた。)

 

 その自覚ある冬乃は。

 

 沖田と二人して、ちょっと遅れて来た朝餉の席で、うしろめたさに先程から全く土方の顔を見れないでいる。

 

 土方の方角からは、何か非常に不穏な気が飛ばされてくるのも、決して気のせいではあるまい。よって冬乃は、何が何でも彼と目を合わせるわけにはいかない。

 

 冬乃の隣では、当然の如く飄々と食事を平らげてゆく沖田が。固まっている冬乃を時々見やっては、気にするなとばかりに微笑う。

 沖田も、いや、沖田の場合はわざと煽っているのだろうが、土方の怒気攻撃を完全に無視し続けている。

 

 (土方様の勘の鋭さ、ほんと怖いです・・っ)

 

 このままろくに食事が喉を通りそうにない冬乃である。

 

 ただでさえ、冬乃の頭には先程までのことがずっと映像になって流れていて。

 あのとき蕩けてしまった身の芯は、未だくゆるような熱を残し。


 冬乃は、もう幾度も赤面しては、土方からの強烈な視線に蒼くなるを繰り返している状態で、

 懸命に平静を装っていても、土方のあの様子では何かしら気づかれているとしか思えず。

 こんなことも何度目かで、大分これでも平静を装うことになら上手くなったはずなのに。

 

 

 「・・冬乃ちゃん」

 

 不意にもう一方の隣から声を掛けられて、冬乃ははっと、その方を向いた。

 藤堂が、心配そうな表情をして冬乃を見つめている。

 

 「具合悪いの・・?全然、食事も進んでいないし」

 

 「あ、いえ」

 冬乃は焦って、首を振った。

 

 「大丈夫です。その、いろいろと・・考え事してて」

 ありがとうございます、と頭を下げながら冬乃はもう、理由が理由なだけに藤堂には申し訳なくさえなって、

 急いで前を向き直ると、豆腐を喉に流し込んだ。とにかくがんばって食事に集中せねばと。

 

 (・・・・だめ)

 なのに次の刹那には、またも映像が脳裏を駆け巡る。

 かあっと頬が火照ったのを、自分でも分かった冬乃は慌ててごまかすように湯呑を口に運んだ。

 

 「冬乃ちゃん、熱でもあるんじゃ・・」

 「いえっ」

 まだ藤堂が心配してくれて、冬乃はぶんぶん首を振る。

 

 藤堂が溜息をついた。

 

 「沖田、もっと冬乃ちゃんの体、無理させないよう気にかけてやりなよ」

 

 

 「・・・」

 

 なんだか、別の意味に聞こえるのは。

 冬乃の頭が完全に桃色化しているせいなのか。

 

 黙り込んだ冬乃の横で、

 こちらを向いた沖田の、ふっと微笑う息遣いと。伸ばされた腕が冬乃の背後へ回る気配。冬乃は、次には肩を抱き寄せられ、おもいっきり沖田の側に傾いた。

 

 「確かに、少し熱っぽいな」

 

 その言葉にどきりと見上げた冬乃を、間近で悪戯な眼が見返してくる。


 冬乃の煩悶なんて、お見通しであるかのように。

 

 

 「ほら、やっぱり。仕事に家事にと、ちょっと大変なんじゃないの?」

 藤堂の優しい声に、冬乃はますます申し訳なくなる。

 

 「・・・おい」

 

 (う)

 

 ついには土方が、その明らかに憤怒を含ませた声音を叩きつけてきた。

 「てめえら離れろ。食事中だ」

 

 「はいはい」

 素直に冬乃を離す沖田から、冬乃は急いで体勢を整える。

 

 「それから、」

 

 だが土方の鋭い声は続いた。

 

 

 「この後、副長室に来い」

 

 

 (・・・・えええ!?)

 

 一瞬に今からもう涙目になった冬乃と。

 

 肩を竦ませた沖田の。

 

 二人を見やって藤堂が、

 何故にいま冬乃たちが呼び出しを食らったのかと。不可解そうに、ひとり首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 縁側を少し開けた障子の隙間から、初夏の緩やかな風が滑りこむなか。

 

 先程から冬乃は。風紀の鬼の睥睨から、目を逸らしたきり顔を上げられず。

 

 長いような短いような、緊迫した無音の時間。どれほどか過ぎた頃。

 隣では、掻いた胡坐の片膝に肘をつき、手に顎をのせていた沖田が、遂にぶわっと大きな欠伸をした。

 

 

 「・・総司てめえ、反省の意が無えな」

 

 「何の反省です」

 

 「・・・」

 

 言わせるのかこのやろう、と言いたげな土方の無言の圧が、

 膝元の手を凝視する冬乃にも、びしびしと届く。

 

 

 「じゃあ聞くが、朝餉に来るまで、おまえら部屋で何してた」

 

 (うう)

 しかし本当に。何故、バレているのだと。あのとき冬乃は猿轡をされたうえに自らだって声を押し殺していた。

 もう、朝餉の席での冬乃の、内に燻る熱を土方は見抜いたのだとしか。

 

 冬乃は文字通り、穴があったら隠れたい衝動に駆られ。

 

 

 「“健全な”愛を交わしてました」

 

 なのに飄々と。とんでもない台詞で返答した沖田に、冬乃はぎょっとする。

 

 「ああん?健全ってどういう意味だよッ」

 「健全は健全ですよ」

 

 冬乃は、朝の沖田の台詞を想い起こした。

 本人が健全と思うなら、そうなのだと言った、あれを。

 

 (そ、それで押し通す気ですか)

 背に冷たい汗を感じつつ冬乃は、そっと隣の沖田を窺って。

 

 「おい、未来女ッ」

 

 が、矛先がこちらに来て冬乃の心臓は飛び跳ねた。

 

 「おまえも総司にされるままになってんじゃねえと、以前も言ったよな?!」

 (んう)

 

 「後の食事もままならねえで、どこが健全だって??」

 

 それはむしろ貴方に睨まれていたからです

 とは勿論、冬乃は言い返せない。

 

 「てめえらがこれ以上、言いつけを守らねえなら、屯所での今後一切の接触を禁ずる」

 

 (え・・)

 

 縋るように沖田のほうを見てしまった冬乃に、

 沖田が見返してきて、こんな時なのに驚くほどの愛しげな表情になり。

 

 「だから、誤解ですよ」

 次に土方を向いた。

 

 「証拠が無ければ、それは不当な糾弾です」

 

 「証拠・・・だと?」

 

 「あるなら出してください。俺達が確かに、“風紀を乱す” 行為をしていたという、確固たる証拠を」

 

 

 冬乃は、はらはらと二人を見て。

 あいかわらず土方をくった態度の沖田を横に、冬乃の手は汗を握る。

 

 「・・・てめえ・・どこまでもいい度胸だな」

 「貴方に鍛えられましたからね」

 

 「俺は鍛えてやった覚えは無えよッ」

 

 「江戸の頃、貴方の喧嘩に廓に賭博にと、俺が未だ元服も済ます前から散々付き合わせておいて、よく言いますね」

 

 (え)

 

 「てめ、」

 

 「それが今じゃこのとおり“風紀の鬼” だ。世も末です」

 

 「・・ッ元服前だから何だよ?あんだけさっさと図体デカく成長してりゃ関係ねえ」

 「図体デカかろうが中身はまだまだ純情なガキでしたよ、それを貴方は夜な夜な賭博に駆り出し、俺の勘を利用してボロ儲け・・そりゃ度胸も付きます」

 「あぁんッ?あのクッソ生意気なガキの、どこが純情だったと?!」

 「ほら、ガキだったと認めてるでしょうが」

 「俺が認めてねえのは純情だったってほうだッ!」

 

 (あ・・あの)

 あいかわらず、仲が良いんだか悪いんだか分からぬ二人の勃発したやりとりに、冬乃は呆然と固まり。

 

 「いいえ、近藤先生なら俺の“純情説” に諸手で賛成してくれますよ」

 (純情説・・)

 「ったりめえだッ勝っちゃんにはいっつも良いツラしやがって!おめえは昔っから俺には本性剥き出しだったじゃねえかよ、んな奴のどこが純情だって?あぁ?大体な、純情な奴は自分で純情とは言わねえんだよッ」

 「ひどいなあ。あの頃は歳さんがガキ相手に大人げないから、こっちは自衛してたんですよ」

 「てめえが俺を“弟弟子” だと思ってイイ気になりやがるからだろが!」

 「そんなのは、所詮ガキの振舞いだとあしらってりゃ良かったんです」

 「おいコラてめえが言うな、本人がッ」

 

 (あああの・・)

 

 「とにかく、貴方が今さら何を言おうが、あのころ試衛館の風紀を乱してたのは断トツで貴方でしたからねえ。それを、」

 

 「ああ五月蠅えッ、もういいから出ていけッ!!」

 

 

 そして遂にさじを投げた土方に。

 

 冬乃は瞠目とともに、

 横で立ち上がった沖田につられて慌てて立ち上がり。

 

 「では失礼します」

 慇懃に一礼する沖田に更につられて頭を下げて、冬乃は沖田を追いかけ土方の部屋を出た。

 

 

 (な、なんか)

 

 とりあえずどうやら、接触禁止令だけは免れたようで。

 ほっとしてしまいながらも、

 

 (・・・今の嵐は忘れよう。)


 いろいろと。今しがた冬乃は、御公儀方である新選組中核幹部の二人にあるまじき黒い過去を、ごっそり聞いてしまった気がしてならない。

 

 

 しかしいつも、二人はああして口喧嘩さながらの応酬を繰り広げながら、じつに活き活きと愉しそうに見えてしまうのは、どういうことなのか。


 沖田の部屋に連れられるように戻り、冬乃はどきどきと沖田を見上げる。

 

 「冬乃、」

 

 やはり、けろりとした沖田の。

 それはそれは優しい声音が、そんな冬乃に降ってきた。

 

 「今日は俺の非番に合わせ、先生からは冬乃の休みをもらってある」

 

 

 (・・って、え?!)

 

 冬乃の瞳は途端、またしても輝いたに違いなく。

 

 昨日のうちに近藤から、明日は休んでいいと聞いてはいたが、まさか沖田の休みに合わせてのことだったとは。

 

 「夕方の、早いうちから飲みに出ようか」

 

 

 ・・・冬乃の瞳は、輝きを少しばかり欠いたに違いなく。

 

 今は、だって未だ朝なのに。

 「この後は・・?」

 これから夕方までは、一緒にいることができないのかと。

 

 「俺は、斎藤と稽古でもしようかと思ってる」

 冬乃の問いに答えた沖田から、冬乃は目を逸らした。

 

 「はい・・」

 

 「・・・」

 

 そのまま生じた沈黙に、冬乃は俯いて。

 沖田にとって三度の飯より大好きだという稽古は、存分にしていてほしい。それは本心で思っている。

 

 一方で同じほど、片時も離れずにずっと一緒にいたいと。わがままを訴える自分の心に、冬乃は耳を塞ぐ。

 

 

 「そんなにがっかりして・・」

 

 (あ、)

 沖田のひどく愛しげな声に、だが冬乃は顔を上げた。

 

 近づいた沖田の、両の腕が冬乃の後ろへ回る。

 

 

 「素直でよろしい」

 

 (え)

 あまりに嬉しそうに。そうして冬乃を抱き寄せた沖田を、

 冬乃は驚いて見つめてしまった。

 

 「やっぱり一緒にいようか、今日は一日中」

 

 

 「・・・はいっ・・!」

 

 

 

 わがままは。口にしなくても汲んでくれる沖田になら、

 なによりその沖田が、望んで受けとめてくれるのなら。

 

 わがままとは、なりえないのだと。



 つまり隠しようがないのなら、黙っている必要も無くて、

 わがままだと冬乃が思っていたものは、

 

 わがままではなくて。

 

 

 「嬉しいよ」

 

 互いが、望む事だったのだと。

 

 

 「今日は朝から晩まで冬乃づくしとは」

 

 「総司さん・・っ」

 温かな腕のなかに冬乃は、嬉しすぎて緩んでしまう顔をうずめた。

 

 

 きっと。

 ときには冬乃の望んだ想いが、『わがまま』であってさえも、

 

 冬乃がきちんと伝えたなら、沖田は喜んで最大限に聞き入れてくれるのだろう、

 

 決して嫌々では無しに。

 

 もっとわがままを言っていいと、そう望んでくれたように。

 

 

 だから。

 

 もう。

 こんな壁なら、今度こそ壊してしまおう。

 

 

 「今日は、いっぱい・・愛してください」

 

 ぜんぶ、

 

 「そして私にも総司さんにしてあげられること、もっと教えてください・・・」

 

 

 これからは想いを伝えて。

 

 素直に彼の腕に飛び込んで。

 

 

 

 

 「・・・冬乃」

 

 覗き込む気配に、冬乃は顔を擡げた。

 

 (あ・・)

 「そこまで俺を誘惑するからには、」

 

 冬乃を見下ろした深く熱の篭った、その眼が。

 

 優しく、細まった。


 

 「覚悟は、できてるよな?」





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