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146.



 この時期、第二次長州征伐における、幕府と長州の水面下の交渉は、完全に難航していた。

 

 

 近藤は、幕府使節団への随行を終えて先月に帰京する際、山崎たちを長州界隈に残留させている。

 その山崎たちが送ってくる報告書も、幕府側から耳にする情報も、どれも芳しいものではなく。

 

 長州が、幕命に従った真の恭順の意を示そうとする様子は、依然としてみえず、

 このままいけば、もはや開戦は免れえぬのではないかと近藤は危惧していた。

 

 

 国元を離れた長期滞在で戦意の落ちている幕府軍とは対照的に、

 長州は外交上では恭順のふりをしつつも着々と戦備を進めており、その戦意たるや凄まじく、いま開戦しても幕府側に勝ち目は薄いと近藤は見ている。

 

 今や、第一次長州征伐の時とは変わってしまった。あの頃の勢いに欠いた今の情勢下では、むやみに戦うべきではなく。交戦にはまず幕府兵の士気を上げるための状況の立て直しが先決で。

 

 ゆえに近藤は、現段階での戦には反対であり。

 万が一にも、幕府という日本の屋台骨の存在が敗戦するわけにはいかないのである。

 長州が表向きに恭順を示している以上、現状はもうそれで許す方向を採るよりほか仕方がないと考えていた。

 

 

 だが、幕府が長州に求める恭順は、真の恭順、

 幕命に長州が全て従うかたちの、藩主父子の処分を含めた絶対恭順であり。


 そして幕府は、

 これに長州が期日までに従わない場合は、進撃を開始するとしたのだった。

 

 その期日まで、あと二月を切った。

 

 

 そんなさなか、ここ政局の中心地、京においても、緊迫した情勢が続いており。

 

 一早く幕府の動きを掴む為、そして朝廷内の政治工作をも狙って、必死で京に潜伏を続ける長州系志士達とその同志および配下の浪士達を、幕府側は血まなこになって追っている。

 

 新選組も一夜に巡察する箇所を拡げており、今夜沖田たちも夕餉を早めに済ませて既に出勤すべく支度にとりかかっていた。

 

 

 

 冬乃は。

 さきほど、早めの食事を終えて出てきた沖田達とすれ違ってのち、ひとり夕膳を前に、幾度めかの溜息をついていた。

 

 藤堂や斎藤もまだ風呂のようだし、近藤と土方はまだ仕事が終わらないので後から来る。

 永倉と井上が向かいで手を振ってくれたのへ目礼してから、冬乃は今一度、小さな溜息を押し出した。

 

 

 (いってらっしゃい、も言えなかった)

 

 廊下を前から来る冬乃を見て、沖田の周りの隊士達が気を利かせるように先に行こうとしたようだったのに、沖田が気遣いは不要だと制するように、さっさと冬乃の前を素通りしていったのだ。

 

 すれ違う時に、挨拶のように目を合わせてはくれたものの。冬乃からすれば寂しさが残る。

 

 (もう明日まで逢えないんだ)

 いいかげん、観念すべきなのに引きずっている。それほど、昨夜までの二夜のひとときは冬乃にとって最上の幸せだったのだと、改めて思い知らされる。

 

 

 (今からこんなじゃ、ほんとにどうなっちゃうの)

 

 しっかりしろ。

 

 冬乃は心内に自身を叱咤し。

 ・・・そして、到底しっかりできそうにない自分に。

 嘆息した。

 

 

 

 

 そして冬乃は、厨房に居る。

 

 夕餉の間じゅう、

 疲れて帰ってくる沖田に、せめて何か出来る事はないかと考え巡らせ、思いついたのはこのくらいだった。

 夜食を用意して部屋に置いておくこと。

 

 

 来たついでに食器洗いの手伝いを終えて、茂吉たちを戸口で見送った後、冬乃は広々とした厨房に佇んだ。

 

 (私の代わりに、逢って・・食べてもらって。)

 

 これから作る夜食たちに、胸内で告げる。

 

 季節の旬野菜を取りに、そして冬乃は厨房の棚へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 帰ってきた沖田の目に、部屋の隅に置かれる逆さの皿が映ったとき。沖田は風呂へ行く準備もそっちのけで、その盆へと向かった。

 

 皿の被せを外してみれば、そこには冬乃の愛情を感じられる料理がそっと控えていて。

 

 沖田はすぐに頂くことにした。

 大根と青菜の酢漬け、可愛い貝殻の上に季節野菜の卵とじ、そして握り飯と大きな湯呑に麦湯。

 

 (・・美味い)

 

 一口食むごとに、冬乃に今すぐ逢って抱き締めたい想いが強まる。沖田はしまいには困った。

 本当に実行してしまえば、あとに先の二夜以上の苦労が待っていることは確実であり。

 

 

 とりあえず、

 (風呂でついでに収めるか)

 根本的にそれで済むものでも無いが。

 

 沖田は食事を終えるや否や立ち上がり、押し入れから着替えを取り出すと、とにかく風呂へと向かった。        

 

 



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