110.
「っ…!」
驚いて目を開きかけて、あまりにも目の前に沖田を見た冬乃は、慌ててまた瞑り。
と同時に、冬乃の唇は放されて。
(・・え)
止まっていた思考は。次には混乱を始め、
(・・・今のって)
おそるおそる目を開けるよりも、前。
そして二度目の感触が冬乃の唇にふれた。
口づけられている、ということは。追って認識できたものの、
襲ってきた緊張の中、まもなく冬乃はその閉ざされた呼吸で苦しくなって、思考どころではなくなり。
「…ンー…ッ…!」
離れようとしても、
唇なら只そっと重ねられているだけなのに、
優しくも力強い沖田の片手に、すっぽりと包まれた自分の頬を動かすことが叶わず、どんどん息ができなくなるばかりで。
冬乃は、前の沖田の襟をおもわず両手で掴んだ。
ついには苦しすぎて頭の奥が真っ白になる直前、
そして冬乃はやっと離されて、
途端、はあはあと激しく息をし出す冬乃を、瞠目して見下ろした沖田が、
噴くなり堪えきれなそうに笑い出した。
「息ぐらいして」
なお笑いながら沖田が、冬乃の頬を包んだままの手の親指で、冬乃の小鼻をとんとんとつついた。
「ここに可愛いハナがついてるでしょ」
(あ・・)
完全に、鼻の存在を忘れてた。
というより冬乃にとっては初めてなのに、どうしていいかなんて。混乱のさなか咄嗟にわかるわけがなく。
(て・・・今・・・・!?)
そして冬乃は今さら、改めて、沖田と初めて口づけたことをはっきり認識し。
(きゃああぁぁぁあ・・ど、え、どうして・・!?)
そのままみるみる目を見開くのへ、
沖田が、次にはその太い親指の腹で、そんな冬乃の唇をなぞり。
冬乃がはっとした時には、沖田の顔がまた近づいてきて。
(わ、待っ・・!)
「おき、」
混乱をきした思考は。再び甦った。
「沖田様っ・・!!」
唇の重なりそうな、一寸手前で。沖田の顔が止まった。
今度は逃れられた沖田の片手から、離した顔をもたげて、それでもまだ近すぎる沖田の顔を見上げて。
「あ・・のっ、どうして」
「まだわからない?」
苦笑する沖田の目から、もう冬乃は逸らすことも忘れて、先程告げられた言葉を思い起こす。
『本当の、俺の女になってほしい』
組に対しての偽りの、
では無く。
本当の・・?
「私の聞きまちがえじゃ・・・」
沖田が微笑った。
「もう一度、言おうか」
「俺の女になって。冬乃。」
(なん・・・で・・・・)
「どうして・・」
「貴女を好きだからに決まってるでしょ」
冬乃はもう、声も無く。目の前の澄んだ瞳を見つめた。
(好き・・・って・・だって、)
あんなに、相手にされてなかったのに
「そんなにわからない?」
沖田が覗き込んで。
「・・・これでも?」
冬乃は頭の後ろに、沖田の手を感じ。
同時に、
腰を抱き寄せられ、
再び、
唇を塞がれた。
今度は。―――深く。
その瞬間
冬乃の全身を駆け抜けた痺れは
一瞬にしてよけいな思考など
奪い去り
ことばになんて
もうされなくても
彼の想いが流れ込んできて
体も心も、その熱で焦がされてゆくようで
つと。道を来る人の気配に沖田は、冬乃から顔を離した。
次の口づけを未だ待つかのように、長い睫毛を伏せたまま、少し開かれる唇に。もう一度貪りつきそうになる衝動を沖田は、咄嗟に抑える。
己の腕の中で凭れかかる冬乃の。瞳はやがて、ゆっくりと開かれて、とろんと沖田を見上げてきて。
沖田は。身の底で既に点る息吹を、やり過ごし、
「・・続きは、部屋でするとして、」
冬乃の腰からも腕を離す。刹那によろめいた冬乃の体を立たせて。
落暉を滲ませる薄宵の中。
「ひとまず帰ろうか」
冬乃の手を引いた。




