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109.

 

 

 「あっしは旦那に惚れやした!」

 「あっしもっす、旦那!」

 「旦那ァ!」

 

 帰りの道で駕籠かき達が、よほど胸にくるものがあったのか、はたまた興奮冷めやらぬのか、

 先程から冬乃達を乗せて往来を走りながら叫んでいるものだから、当然、周囲の注目を浴びに浴び、

 

 簾を下ろしていながらも冬乃は、だんだん恥ずかしくなって頭巾をいみもなく眉毛の位置まで引っ張り上げていた。

 

 (てかコレ、求愛・・?!)

 

 「あっしは旦那になら抱かれたいっす!!」

 (え)

 「あっしもっす、旦那!!」

 「旦那ァ!!」


 仕舞いにはなんだか凄い台詞まで彼らは叫び出して、冬乃は頭巾の中ひとり頬を赤らめつつ、喧しさに耳を塞ぐ。

 

 

 屯所に着き、苦笑ぎみの沖田が、番所への使い代に加え、駕籠に付いた短刀傷の修理代を上乗せで渡そうとすれば、

 

 駕籠かき達はあたふたと沖田を見上げて「いいえ噺の種になりやすんでっ」と、修理する気がさらさら無さそうに、こんなに貰ってしまってはいけないと恐縮し出したが、

 

 沖田が半分めんどくさそうに「いいから貰えるものは貰っとけ」と遂にはむりやり銭を握らせたので、却って更に感動したようで。

 駕籠かき達は何度も、またどうか自分達を使ってほしい、タダで結構ですから、と懇願して帰っていった。

 

 

 

 

 「冬乃さん、このまま俺の部屋来て」

 

 「はい」

 やっと駕籠かきの喧噪を離れ、夕暮れを迎えた空の下。すれ違う隊士達と挨拶を交わしながら、冬乃達は屯所を横断する。

 

 

 かあー

 夕の烏の、気の抜けたような声が降ってくるのとうらはらに、頭巾を外しながら冬乃のほうは、少しばかり緊張し始めていた。

 

 

 (沖田様・・?)

 斜め前を行く沖田の表情は、どことなく、硬いように感じて。

 

 そもそも、話の続きとあのとき言われたものの、

 思い返してみても、話はあれで十分終わっていたような気がするのに、いったいどんな続きがあるのか、いくら考えても分からないのだ。

 

 

 「・・冬乃さん」

 (あ・・)

 

 何か、その表情で考え事でもしているような沖田が、そしてふと冬乃に呼びかけた。

 

 「次で、未来に帰るのは最後と言ったね」

 

 「はい・・っ」

 無言のままの歩みよりも、話をしていたい冬乃が、慌てて答えると、

 

 「その最後の、」

 

 斜め前を行くままの沖田から、問いは続いた。

 

 「未来へ帰る日が、いつになるのか貴女は知ってるの」

 

 「いえ・・それは知らないんです。また突然になってしまいます・・」

 「そう」

 

 

 「・・・」

 

 再び二人の間に音が無くなり。

 冬乃はうなだれた。

 

 

 どうやら話の続きというのは、詳細確認であるらしいことは分かったものの。

 

 返事をしてから、

 確かに、まだあと一度は突然いなくなって迷惑をかけることになるのだと。改めて気づいて。

 

 (だから、沖田様はあまり良く思わなくて、きっとそれで・・)

 

 

 「ご・・」

 「必ず戻って来れる?」

 

 (え)

 

 ごめんなさい、と言おうとした時に重なった、沖田の更なる問いに。

 冬乃は一瞬、慌てて鼓膜の残響を再生して。

 

 「はい、勿論です!」

 

 急いで返事を追わせた冬乃に、つと沖田が振り返った。

 

 おもわず立ち止まる冬乃の前、

 「それからは、もう」

 沖田は暮れの橙色の陽光を纏い、同じく立ち止まった。

 

 「確かに、二度と帰らないんだね」

 「はい・・っ」

 

 

 どこか。沖田の醸す雰囲気が、いつもと違うようで。冬乃は、朱い景のなか、沖田を戸惑いの内に見上げて。

 

 

 (あ・・)

 

 ひとつ、変わらないとすれば。

 冬乃を見返す、その優しく穏やかな眼差し。

 

 

 その目が柔らかく、

 

 「冬乃」

 

 夕空を背に。微笑んだ。

 

 

 「本当の、俺の女になってほしい」

 

 

 

 組への偽りでは無しに

 

 

 

 

 

 

 「・・・・え?」

 

 

 降ってきたその言葉は。

 

 冬乃が、もう一度、残響を聴き直しても、

 理解へ結ばず。

 

 

 

 そのまま冬乃は、沖田の背後の逢魔の空へと、

 魂でも抜かれたように。佇んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自惚れかもしれない。

 

 

 だが、未来の存在の冬乃が、

 もう二度とそこへは帰らないと言っている、

 

 身寄りも無い此の世に、ずっといたいと。

 

 

 ならば、その彼女の覚悟はひとえに、

 他の何の為でもなく、好きな男の傍にずっといたいが為だと、

 

 つまり沖田の傍にいたいのだと、

 結論付けるのは。決して的外れなことでは無かろう。

 

 

 だからこそ、

 

 もし生半可な責任ならば。

 

 いくら、もう彼女が未来へは帰らないと言おうが、

 

 彼女と想いを通じ合わせていいはずが無い事に、尚、変わりはなく。

 


 

 そして、生半可ではありえぬ己の想いは。

 

 最早、迷いすら、生まなかった。

 

 

 

 彼女とは

 

 こうなることは、恐らく出逢った時から、

 

 否、出逢う前から―――沖田が文机を拾って来たあの偶然から、既にさだまった事。

 

 

 (いや、)

 もしそれさえも偶然では無く


 必然だったならば。

 

 

 それは最早、現世を超えた更に、遥か前からの、

 

 

 つまりは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「聞こえてた・・?」

 

 沖田がその変わらぬ穏やかな眼で覗き込んできて、冬乃は、

 はっと目を瞬いて、見下ろしてくる彼の綺麗な瞳を見上げた。

 

 「あの・・ごめんなさい、もう一度」

 冬乃は詫びて。

 

 「何か聞きまちがえた気がします。もう一度、言っていただけないでしょうか」


 

 

 見上げる先で。

 その目は微笑った。

 

 

 「“やってみせる”ほうが早いね」

 

 「え?」

 

 そんな、冬乃に対しては教え上手な沖田の、いつもの台詞が。

 冬乃の耳を掠めたとき。

 

 冬乃の片頬を、優しく大きな手が包んで。

 

 綺麗な瞳が、ゆっくり、近づいてきて、

 

 

 いつまでも縮まりつづけるその距離に驚き、

 ついには目を閉じた冬乃の、

 

 「おき」

 

 尋ねかけた唇は。

 

 

 硬い感触に、そっと声ごと塞がれた。

 

 

 

 


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