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100.

 

 

 

 心配そうな近藤に懸命に適当な理由で弁明しつつ、近藤の部屋で衣替えの手伝いを漸く終えた頃には、夕餉の時間を迎えていた。

 

 近藤は未だ書類仕事が終わらないからと、今夜は部屋での食事を希望したため、冬乃は厨房まで取りに行くことにした。

 

 

 あれからすぐに沖田はまた夕番に出たようだ。

 さっそく屯所歩きの同行を頼むなど、どちらにしても気が引けるので、今回は沖田が不在でよかったのかもしれないと思いながら、冬乃はひとりで厨房へ向かう。

 

 第一、先程のことを想い出すだけで、冬乃の頬はまたしても激しく紅潮してしまうのだから。とても一緒に歩けたものではなかっただろう。

 

 

 

 とはいえ。

 

 珍しく一人歩きをする冬乃をめざとく見つけた、あの時の隊士たちが。さっそく近寄ってきて。

 

 

 (池田様は、あれから伝えてくれたのかな・・)

 未だ数刻と経ってない。伝えてもらえてない可能性のほうが高いだろうと一瞬不安がよぎったものの、目の前まで来られて避けようもなく、冬乃は立ち止まった。

 

 

 「久しぶりに話せるね」

 

 隊士の一人がにこにこと冬乃を見つめてきた。

 その笑顔なら決して有害な様子はないのだが、彼は前回に、冬乃に「お高くとまるな」とケンカを売ってきた男だったはずだ。

 

 冬乃はつい身構えた。

 

 「そんな硬い顔すんなよ」

 すかさず隣の男が、にやにやと覗き込んできた。

 

 「何の御用でしょうか」

 

 一歩下がって聞いた冬乃に、

 

 「好いた相手とやらには告白したのか」

 さらに他の男が冬乃の横まで進んできて、どこか威圧的な声を出し。

 

 (やっぱり池田様から未だ聞いてないか・・)

 

 冬乃は横まで迫った男を見上げ、首を振った。

 「私は片恋のままでかまわないので、この先も想いを告げるかどうかは私には二の次のことです」

 

 「それに、」

 

 なにか言いかけた男達を制すために、声音に力を込めて。冬乃を逃がさないかのように距離を詰めてくる彼らを見回した。

 

 「私の断り方がこれまで十分でなかったのなら、ごめんなさい。だけど、前回申し上げたように正直迷惑でした」

 

 「それと池田様から、貴方がたが私をどう思っていたか、聞きました・・・好色だって」

 言いながら、どうしても恥ずかしくなって語尾が弱くなってしまいながらも。

 気を強く保つため、冬乃は顔を上げる。

 

 「でも、それも誤解です」

 

 

 そんな冬乃に。男達は互いに顔を見合わせ、不意に笑い出した。

 

 「じゃあどうして此処にいるんだ?」

 「好きなんだろ、男が」

 「カマトトぶるなって」

 

 

 (カマトト・・うぶを装うとかだっけ?)

 

 カマトトの言葉が幕末からあったとは、と内心驚いた冬乃だが、

 

 「誰でもじゃなくて、その方のことだけが好きで、それで此処にいるんです」

 

 とにかく好色だなんていうとんでもない誤解をまず解かなくては、これからも誘われ続けてしまうだろう。冬乃はつい力が入る。

 

 「だから、此処にいる理由は、決して男好きとかじゃありません」

 

 「へっ。やっぱり隊内だったわけか」

 「誰だよ、だったら教えてよ」

 「大体、そいつのために此処にいるくせに、片恋のままで構わないってどういうことだ、嘘くせえ」

 「どうせ本当のところは、そいつにも誘われてたんじゃねえの、それで決めたってことなんだろ、そいつにすることによ」

 またしても堰を切ったように、口々に男達が言い寄るのへ、おもわず冬乃は数歩さらに下がって。

 

 「おら、逃げるなって」

 だが、男の一人が、そんな冬乃の腕を掴んだ。

 

 「つまり、用済みの俺らを、ていよくあしらうつもりなんだろ」

 

 「違います!」

 腕を掴まれたままに冬乃はついに叫んだ。

 

 「なあ、誰に決めたのかくらい、せめて教えてくれてもいいじゃん」

 目の前にいる男が、さらに間を詰めてくる。

 

 「ですから、決めたとか、そういうことじゃありませんから・・っ」

 

 離してください、と冬乃は掴まれた腕を振って。

 だが、

 

 離すどころか男は冬乃を引き寄せ、屈むように冬乃へ顔を近づけた。

 

 直後に、冬乃は首元に口づけられたと同時に、

 ちりっと痛みをおぼえ。

 

 「なにし・・っ」

 

 

 「・・これでも、そいつと呑みに行けるか?」

 

 

 「おまえっ、何やってんだよ!」

 「えげつねえ・・!!」

 

 男達が爆笑し。

 

 冬乃は、わけがわからずに。

 

 

 ただ、首に口づけてきた男の頬を平手打ちした。

 

 

 「痛ッ・・てえな!」

 

 男が頬を押さえ、一寸のち冬乃へ掴みかかろうとし。

 「おい、やめとけ!」

 傍にいた男が、その男の手を掴み。

 

 冬乃は振りほどいた腕で、簪を引き抜いて構えて。

 

 

 「もう二度と、私に近寄らないで」

 

 

 男達を全員ひとりひとり見回し、睨みつけた冬乃に、

 

 「まあ、待ってよ」

 男達が、急に慌てたように愛想笑いをし出した。

 

 

 「おい、おまえ謝れって」

 相当痛いのか再び頬を押さえている男に、周りの男たちが小突いてゆく。

 

 「な、冬乃さん、べつに俺ら、冬乃さんの気が向いたときに呑みにいければ、もうそれでいいからさ」

 「そう、しつこくしたりしないから」

 「その男とだけじゃ、そのうち飽きるだろ。その時、俺達のこと思い出してよ」

 

 

 (全然だめじゃん・・)

 

 やはり何も伝わっていない様子に。冬乃は嘆息した。

 

 

 どうやら、

 片想いでもかまわない、傍にずっと居られることが何をおいても一番望むこと。その想いを理解してもらうなど、しょせん無理があるのだろうと。

 

 理解してくれたかどうかは分からないが少なくとも受け止めてくれた池田のほうが変わっているのだ、きっと。

 

 

 ならば、言うべきことは。

 

 

 「・・わかりました。きちんと好きな人に想いを告げることにします。ただ、彼は私を同じように想い返してくださっているようにはみえませんから、私は振られると思います」

 

 手にしていた簪を髪へ差し直しながら。

 冬乃は、男達を今一度、見渡した。

 

 「でも、そうなっても、悲しくて誰かと呑みに行く気になんかなるわけないですから、貴方がたと呑みに行く日がくることはありません」

 

 

 

 男達は。今度は長く沈黙した後。

 

 

 「・・・でも振られたら教えてくれよ」

 「気を紛らわせるほうが、早く忘れるしさ。そういう時こそ呑みに行くべきだろ」

 「そうそう。慰めてやるからよ」

 

 各々気まずそうに、言い結んだ。

 

 

 「いいえ、お気遣いは無用です」

 少なくてもこれで。

 好色だからなどでなく想い人のためだけに組に居る、という事を一応は信じてもらえたはずだと。冬乃は息をついた。

 

 (告白なんてできるわけないけどね)

 心内で、小さく吐き捨てながらも。

 

 

 

 

 

 厨房で茂吉に、近藤の夕餉をもらいにきたと告げて。今日はお孝がいないのは寂しいものの、久しぶりにあれこれ会話をしつつ、

 

 茂吉が妙に冬乃の首のあたりに視線を寄せるのへ、冬乃は不思議に思いながら。厨房をあとにした。

 

 



 「お、有難う」

 一瞬だけ冬乃の顔を見て礼を言うと、また文机に向かい続けている近藤の背後で、夕餉の膳を整え、茶を用意している時、

 沖田の声が襖の外で聞こえた。

 

 

 「おう、おかえり」

 

 近藤の返事に襖が開き、黒ずくめの薄い羽織を隊服として纏った沖田が入ってくる。

 

 「異常無しでした」

 一言、報告をする沖田に、やっと文机から顔を上げ近藤が、沖田のほうへ向き直った。

 

 「そうか。今日は昼夕連続でご苦労だったな」

 

 にっこりと沖田へ笑顔で労う近藤に、冬乃はあいかわらずこっそり癒されながら。

 

 沖田が冬乃の前の膳を見ている様子で「部屋食ですか」と呟くのへ、近藤が頷くのを目に、そういえば沖田はこれからすぐ夕餉に行くのだろうかと、つと彼を見上げる。

 

 

 沖田が、

 冬乃を見返し。その視線は、下へ降りた。

 

 

 「・・・随分と派手に、“虫”に喰われたもんだね」

 

 

 「え?」

 

 (虫・・?)

 

 「総司、何いってるんだ、この時期に虫がいるわけないだろう」

 

 近藤が笑って沖田の視線を追い、冬乃の首元を見て。

 

 

 顔を赤くした。    

 

 


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