99.
(恥ずかしすぎ・・どんな顔してればいいかわかんない)
冬乃は手で懸命に顔を扇いでいた。
なにより顔の火照りが。ぜんぜん収まりそうにない。
じきに沖田が厠から帰ってきてしまうのに。
(それに)
あの時の、人通りが無い時は迎えに行くの発言に加え、今度は、
屯所内の一人歩きまで、自分が居る時は同行するだなんて言うほど心配してくれるとは。
優しくされて辛かったあの感傷は、もうここまでくると通り越してしまったのか、このところの沖田との親しい時間がそうさせるのか。いまや冬乃は、唯ひたすら嬉しい想いと。
さすがにそこまで心配されるほどの事ではないような気がする、そんなくすぐったさで。
(沖田様ってやっぱ過保護・・?)
もう。
(どうしよ)
顔が、にやけてしまって。直らない。
「冬乃さん、入るね」
そうこうするうちに、沖田の声がして。
冬乃は、もはや両手で顔を覆った。
こんなにやけた状態で火照ったままだなんて、とてもじゃないが見せられたものではない。
(うう)
襖の開く音に。暫しの沈黙の後。
「・・・まさか、泣いてないよな・・」
沖田の面食らったような声がした。
「・・・」
部屋に戻ったら冬乃が顔を覆っていれば、何事かと、そりゃ思うだろう。一瞬申し訳なくなったものの、
「泣いてなんていません」
くぐもった声になりながら、手の下から返事をするしかなく。
まだ、にやけて頬は熱すぎるまま。とても手を外すわけにいかない。
「・・だったら顔みせて」
(むりです・・!)
両手で覆い隠した顔を伏せたまま、冬乃は慌てて首を振る。
「冬乃さん・・」
気のせいか、声が近づいてくる。
と思ったら冬乃の前に座った音がした。
「みせて」
「おみせできません」
「どうして」
「とにかく、みせられないからです・・っ」
と、もういちど首を振りながら、
この状況の滑稽さに、つっぱねた自分の声がつい笑ってしまった。
「冬乃さん、」
沖田の声に、安心したような笑みを含んだような音が混じり。
「みせなさい」
(んう)
上司命令の口調で来た沖田に、
冬乃は固まる。
もっとも彼のその声もまた、笑っていて。
「冬乃さん」
そんな優しい声音に対し。
「い、いやです」
冬乃は粘った。おかげで冬乃の状況は悪化しているからだ。さっきよりさらに顔のにやけも火照りも増加してしまった気がしてならない。
「冬乃さん?逆らうの」
はい、と、覆って伏せたままの顔で大きく頷いて返した時、
両手首が掴まれた。
(あ)
そのまま、沖田の大きな手にそれぞれすっぽり包まれた冬乃の手首は、そっと左右へと開かれてしまい。
「や、・・っ」
おもわず目を瞑って顔を背けた冬乃は、だが、次には沖田の忍び笑いを感じて。抗おうにも両の手首をしっかり掴まれたままで。
もはや観念し、ちょっと剥れて目を開けた時、
冬乃の手首は突然、沖田のほうへと引き寄せられた。
(きゃあ)
冬乃の開けたばかりの視界は、沖田の着物で阻まれ。
「ごめん、あんまり可愛いから」
冬乃の背にまわされた沖田の腕が。ぎゅうと冬乃を抱きしめた。
苦しいくらいに、力強いその腕と、大好きな仄かな芳りに包まれて冬乃は、
(沖田様・・!?)
硬く温かい胸に頬を寄せ、沖田の心臓の鼓動を耳に。
(こ、これってどういう)
押し寄せる混乱を。扱いきれず。
ひとつだけ分かることは、
もう絶対に見せられない顔になってるはずと。
まもなく沖田の腕の力が解かれ、冬乃の身が離されようとして。
ゆえに、
冬乃は。咄嗟に声をあげていた。
「お願いします、このままで・・っ」
「・・・」
(あ・・)
気づけばそんな、大胆なおねだりをしていた。
(もう、ばか・・!)
沖田の胸に顔をうずめたまま、共に聞こえていたはずの心の臓はもうわからないほど、自分の激しい鼓動しか聞こえなくなって。
呆れられてしまったのではないかと、不安に覆われながら、冬乃は俯いたまま小さくぶるりと震えた。
「あの・・今の、なんでもないです、気にしないでくだ」
くぐもった冬乃の声は最後まで発せずに、
唯。深く。再び冬乃は抱き寄せられて、
背の硬い腕の拘束に、冬乃は沖田の着物に口を塞がれて。きつく目を瞑った。
(どうして)
沖田の考えていることがわからない、あまりにも。
冬乃は身動きひとつとれないまま、震える息を吐く。
上七軒では。結局、好色や駆け引き云々と思われて引かれたのでは無しに、
やはり当初の懸念、沖田が冬乃の気持ちに気づいたから避けられたほうではないのか。
それなのに、
今は、何故か、可愛いと言われてこうして抱きしめられている。
(・・もう全然わかんないよ)
きっと、気まぐれに、子供や犬猫でも愛でるような気持ちで、抱き寄せられたんじゃないかと。
もう冬乃が考えつく理由など、他になく。
「冬乃さん、」
つと、寄せる頬に直に沖田の声が響き。
そっと頭を撫でられて。
冬乃は身じろぎした。
「先生が来るから、離れるよ」
(え)
冬乃の両腕に、沖田の手が移動し。優しく、しかし有無を言わさず、冬乃は離された。
当然。冬乃は顔を隠すべく慌てて深々と俯く。
そんな冬乃の前で、沖田が立ち上がった。
と、同時に、
「総司」
襖越しに近藤の声がした。
「冬乃さんはそこに居るかな」
冬乃ははっと顔を上げて。沖田が襖の前へ向かいながら「いますよ」と答え、そのまま襖を開けた。
「お、良かった。ちょっとすまないが、衣替えの準備を手伝ってもらえないだろうか。引越しで慌ててまとめて持ってきたものだから、整理が終わりそうにないんだ・・、と、」
近藤が冬乃の顔を見て、目を見開いた。
「冬乃さん、風邪なんじゃないか?熱でもあるのでは・・・」
(う・・・)
潤んだ冬乃の視界で、沖田がくすりと笑って。冬乃はもう一度、
「・・だいじょうぶでございます・・」
おもいっきり、顔を覆った。




