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98.

 

 

 「ご、ごめんなさい、変なことお聞かせして・・っ」

 

 沖田の反応に冬乃が焦るのへ、

 

 「いきなりどうしたの」

 

 腕で口を拭い、どうにも笑ってしまいつつも、

 冬乃の先の発言の真意を確かめるべく沖田は、彼女の瞳を見返した。



 「え、と・・先ほど部屋の前で隊士の方に、・・会って、言われたもので」

 「貴女が好色だと?」

 

 沖田はおもわず聞き返す。冬乃が紅くなって頷いた。

 

 

 (どういう会話だとそうなる)

 

 そもそも部屋の前で会う自体、不自然だと思うが。

 

 

 いろいろ追尋したくなるところを抑え、何か続きを言いたげにもじもじしている彼女へ耳を傾ければ。

 

 「でも私は・・そんな好色とかじゃないと返事しました」

 と、消え入りそうな声が囁く。

 

 

 (・・そりゃそうだろ)

 

 冬乃は落ち着かなさげに、その横座りの膝に乗せた手を見つめて握り直している。

 

 「きっと人によっては・・好色に思われたなら誇れることでしょうけど・・私の場合はそんな器用なことできませんので、」

 

 冬乃が顔を上げた。

 

 「なので、誤解です、とお伝えしました」

 そう言うと、

 

 妙に達成感あふれる清々しい表情をした。

 

 

 沖田は。冬乃の瞳をまじまじと見つめていた。

 「・・・誇れる?」

 

 「え?・・はい。きっと、恋愛ごとにとても慣れてるからこそ出来ることでしょうし」

 冬乃が小さく微笑む。

 

 

 好色。

 

 色欲に抗わぬ奔放の意味合いなんだが、彼女は分かってるのだろうか。



 (分かってないよな、これは)

 

 どんな経緯だか知らないが、彼女に好色だと告げた隊士に、

 どうせならきちんと伝えきっておけと内心溜息をつく。

 

 

 ・・・まあいい

 

 (面白いから、もう暫くそのままにしとくか)

 

 

 沖田はにっこりと微笑んでみせた。

 

 「冬乃さんは“好色”に、なれるならなりたいわけ?」

 

 いや、何を答えさせようとしているのか己は。

 沖田は言ってる傍から反省しつつ。

 

 

 だが冬乃が驚いたように目を瞬かせた。

 

 

 「沖田様は・・そういう方はお嫌じゃないのですか?」

 

 「・・俺が?」

 

 何故こっちに振る。

 

 「全く“お嫌”じゃないけど」

 好色な女を嫌いな男がいるのか、逆に知りたい。

 

 

 冬乃が、これでもかというくらい目を丸くして押し黙った。

 

 

 「・・・・??」

 

 「・・・・?」

 

 

 そのまま何故か酷く困惑している冬乃に。沖田も困惑する。

 

 

 好色の意味を、冬乃は履き違えているはずなのに謎だが、沖田が好色を嫌いでないと答えたあたりからこの沈黙が起きている事は明白なので、

 

 「好色って、美人という意味もあるからね」

 

 あまり使わないが、そういう意味もあるといえばあると、それでごまかしておくことにし。

 

 途端、狐につままれたような顔になった冬乃に、

 

 「その隊士も、その意味で言ったのでは?」

 

 と、わざと投げてみれば。隊士がそんな意味で使ったのではないことなど当然だが、

 冬乃もそれは分かるのか、はっとした後、ふるふると首を振った。

 

 

 「それで、」

 

 しかたなく遊びはこの辺で、沖田はそろそろ本題に入ることにする。

 

 

 「具体的には何があってその話になったの」

 

 まさか顔を合わせていきなり言われたわけじゃないだろう。

 そう覗き込めば。

 冬乃は、瞳を揺らし、沖田の眼から逃れるように再び俯いた。

 

 追求されると思ってなかったか。

 

 黙り込んでしまった冬乃を見ながら、

 沖田は丹田のあたりがむかむかする感覚に内心、苦笑せざるをえない。

 

 

 

 しっかりしているようでどこか抜けている彼女が、

 

 ただでさえ男ばかりの中に身を投じて働いているおかげで、男好きだ好色だと勘ぐられているというのに、

 

 彼女の情け深い優しさも相乗して醸すその隙は。

 それに接した男を勘違いさせるに十分なのだということを本人は全く自覚していないのだから。

 

 即ち、

 彼女を己へ振り向かせられるかもしれないという、勘違いを。

 

 

 

 何度もしつこく誘われていたということは、

 冬乃はこれまで隊士達の誘いに強く拒否を示せず、必死に辞退のていを取ってきたのだろう。それが良かれと、自分の辛さなど二の次にし。

 その優しさがよけいに、

 隙でしかないことを。

 

 先日ああして囲まれて迫られたことで、やっと自覚したかと思ったが。

 

 

 (どうも未だ心もとないな・・)

 

 こうして近藤の付き人にし隊士達から引き離したはずが、

 

 未だ接触されているとなると。

 

 

 

 「冬乃さん」

 

 言葉を探すかのように黙り込んだままの冬乃に、もういいよと籠めて優しく声をかけてやれば、

 戸惑った瞳が沖田を見返してきた。

 

 

 「屯所を一人で歩く時は、十分に気をつけて」

 

 え?と長い睫毛を瞬かせた冬乃に、

 

 町どころか屯所内でさえ、歩くだけでも気をつけろというのは、いささか可哀そうだが、

 いつも傍についててやるわけにもいかない以上は忠告ぐらいしておくより他ないと。

 

 「俺が部屋に居る時なら、必ず同行するから声かけて」

 念を押す。

 

 

 茫然と頷く冬乃を目に、沖田は立ち上がった。

 追って見上げてくる冬乃に、「厠」と伝え、

 

 

 「それから、何か勘違いしてるようだけど」

 

 一応。

 

 「好色と言った場合は通常、色事・・房事を好むという意味になる。勿論、悪い意味でもないが」

 

 隊士達にそんな勘ぐりをさせた彼女の後学の為、伝えておくことにする。

 

 

 「房事、は分かるよね・・?」



 

 「・・・!?」

 

 

 一寸おいて、思い至ったらしく。

 真っ赤になって「ハイ」と顔を伏せてしまった冬乃を背に、沖田は笑いを噛み殺して部屋を出た。

 

  

  



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