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77.

  


 


 沖田様・・・次はいつ逢えるの

 

 

 

 

 

 

 「こちらのご記入は終わりましたか」

 

 待合室でぼんやり座っていた冬乃は、傍まで来た看護師の呼びかけに顔を上げた。

 

 看護師に記入済の問診表を渡し、検査室に入って、指示された検査着に着替えながら冬乃は何度目かの溜息をつく。

 

 

 昨夜に寝て。目が覚めたら平成だった。

 

 同時に統真の声が、下の玄関から聞こえて。



 そのまま統真が下の居間で待つ間、二階に上がってきた母は、冬乃が起き上がっているのを見て、開口一番「病院へ行くから着替えなさい」と言った。

 


 統真が『今朝』来た時、彼は母に、

 無理に冬乃を起こさず、今日は学校を休ませて、あとで精密検査を受けさせたほうがいいと、

 そして、

 大学の付属病院で検査の受け入れ準備ができたらまた迎えにくる、と言ったのだと。

 「なぜ昨日倒れて保健室で寝たことを言わなかったの」と最後に冬乃を責めるように添えながら、母は告げた。


 (あなたに伝えたって仕方ないし。・・どうせまた、こうやって私に迷惑かけられたから、前もって私が伝えなかったの怒ってるだけでしょ)

 冬乃は返事はせずに、黙って着替え、

 一階に降りて、まだ何か言いたげな母を背に統真と玄関を出た。

 


 こんなにも面倒をみてくれる統真には、

 先程まで連れ添われて来る道すがら、恐縮しながら感謝を述べると、「乗り掛かった舟だから」と一言で微笑って返され。

 

 なんだか沖田に似ている。不意にそんなふうに感じてしまった自分に驚きながら、

 統真がこれから講義だと去るのを冬乃は呼び止めていた。

 

 「え?」

 

 次はいつお会いできますか

 

 咄嗟に呼び止めたその問いかけは、

 誤解を招きかねない台詞であったことに、次の瞬間に冬乃は気がついて。

 

 慌てて、

 「その、一度きちんと御礼させてください、このままでは母に叱られます」

 継ぎ足すと。

 

 「ああ、」

 統真は微笑った。

 

 「気にしないでいいよ、そんなの」

 

 結局、そのまま別れてしまい。今に至る。

 

 

 

 (向こうへ行く時も、こっちへ帰ってくる時も・・両方に統真さんが関わっていることは、これでもう確実なのに)


 

 

 行く時も帰る時も。

 必ず、彼が冬乃の近くに現れた瞬間が引きがね、という事。

 

 (そしてその瞬間だけ・・)

 


 統真が冬乃を迎えに来た時から、一度も離れず、先程まで一緒にいたその間は、タイムスリップは起こらなかった。

 

 あくまで、冬乃の近くに彼が来たその瞬間に、行き来のタイムスリップは『発動』するのだ。

 

 (だからきっと次にタイムスリップが起こるのは、次に統真さんに会った時)

 

 

 早く戻りたい・・・

 

 

 あまりに心ここにあらずの冬乃を心配した顔で検査技師が、大丈夫ですかと尋ねてきて、冬乃は無理に微笑み返した。

 

 山南の件も、気がかりなのに。微笑み返した直後からまた、冬乃は顔が強張って。

 

 統真の講義が終わったらやはり会えないだろうか。

 (て、ようするに会ったらまたすぐ倒れちゃうんだよねきっと)

 

 こうも面倒をみてもらい精密検査まで受けておいて。

 またも目の前で倒れられることになる統真の身にもなったほうがいいかもしれない・・

 

 

 冬乃がぶつぶつ胸内で呟いていると、検査技師がもう一度、大丈夫ですか、と声を掛けてきた。

 

 (あ。)

 どうやらぼんやりしている冬乃が指示どおりに動かないので、まともに検査が進んでいかず困らせているようだ。

 慌てて冬乃は、検査技師に詫びて、いったん検査に集中し始めた。

 

 

 

 

 

 

 散々悩んだあげく結局、今日の今日で、統真の目の前で倒れることはやめておこうと結論づけた冬乃は、おとなしく家に帰り、明日会いに行く方法を練り出すことにした。

 

 母から御礼に渡すように言われたといって何か手土産を持っていくだとか、倒れるにしても、寝不足のていを装うならどうだろうだとか、

 あれこれ考えているうちに、あいかわらず取れていない疲れが本格的に襲ってきて、冬乃は早々に布団に入り。

 

 そして、それまでの熟慮など必要が無かったほどに。

 

 あっさりと。

 

 

 翌朝、玄関のチャイムの音に冬乃が目を覚まして、

 「・・まだ結果・・検査も・・わかる範囲では・・」

 

 統真の声が、ところどころ聞こえてきて。

 

 「問題な・・」

 母の答え始めた声が、続いたのが最後、

 

 

 タイムスリップが『発動』した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・冬乃さん?」

 

 まばたきをした、そのほんの一瞬のちに。

 冬乃が居た。

 

 

 「お・・沖田君、今」

 山南の震える声に、沖田は頷いて返す。

 

 「突然現れましたね・・」

 

 なんだかんだで、文机に倒れているところは見てきたが、

 倒れる瞬間を見たのは、今回が初めてだった。

 

 いや、

 倒れる瞬間というより。

 倒れた状態で現れた瞬間、といったほうが正確のようだが。

 

 

 (それにしても、あいかわらずすごい恰好だな)

 

 

 

 

 

 

 「冬乃さん・・」

 

 

 晴れてゆく霧のなか、

 愛しい声を耳に、冬乃は、

 

 そっと目を開けて。

 

 

 真上には沖田の覗き込む顔。

 

 (あ・・)

 

 「おかえり」

 

 (沖田様)

 常の、低く穏やかな彼の声に迎えられて。冬乃はにっこりと微笑んでいた。

 

 ふと感じたぬくもりに体を見やれば、モコモコの冬着、褞袍がかけられている。

 (・・・今って)

 

 「今日は、元治二年二月一日」

 

 もはや聞くより早く、沖田が答えてきた。

 恒例すぎるやりとりなのだが、

 

 (二月!?)

 

 がばっとおもわず起き上がった冬乃の前から、褞袍が落ちた。


 冬乃の視線が落ちた褞袍を追いながら、急に冷気を受けた自身の体が目に入り、またもキャミ一枚であることに次の瞬間に気がついて慌てる冬乃に、

 沖田が微笑いながら、落ちた褞袍を拾い、冬乃の前から肩にかけてくれて。

 

 「有難うございます・・」

 

 「起き上がったついで、着てしまえば」

 言うなり、沖田が背を向けるように座り直した。

 起き上がったことで視界の端に映った山南も、同じく遠慮がちに横を向いた。

 

 (山南様・・)

 二人が視線を外してくれている間に、冬乃は褞袍を背に回して着込みながら、

 山南が生きているうちに間に合ったことに、心の底からほっとする。

 

 

 そういえばこの褞袍はやっぱり沖田のだろうかと、冬乃がどきどきしながら、

 「着終わりました、・・有難うございます」

 二人に声をかけると、沖田が振り向き、

 「そういや、土方さんが留守の時でよかったね」

 笑いかけてきて。

 

 冬乃は、その笑顔にとくんと心の臓を跳ねさせながら、おもわず釣られて「ハイ」と頷いてしまった。

 土方の前回の怒り具合を思い出したのか、山南が向こうで、フフと微笑ったのが聞こえてきた。






 冬乃がその体には大きすぎる沖田の褞袍を、ちょっと重そうに引きずって使用人部屋へ戻ってゆく。その可愛らしい後ろ姿を目に沖田は、

 冬乃が先ほど己の前に現れてから、急速に満たされるように埋まった心の隙間に、

 その単純なまでの己の反応に。苦笑せざるをえなかった。

 

 冬乃がまたいなくなってから、暫くは心にぽっかり空いたその隙間と、

 そこへ吹きすさぶ寂寥に傷む己に、驚きながら過ごしていたものだが。

 それにもとうに慣れ、ここにきてはむしろ、もう彼女が戻ってこないならばそれも悪くないと、

 

 はなから好きになるべきではない相手であり、想いが深まるよりも前に、このまま想い出の中へ仕舞ってしまえるならば、それが一番いいのだろう、

 そんなふうに思い始めていた矢先に。彼女は戻ってきた。

 

 嬉しさが先立ち。

 だが、また振り回されるのかと溜息をつきたくなる気分が、少々。

 

 どうせまた、気づいたらいなくなる。

 そしていつかは、そのまま戻ってこなくなるだろう。

 

 それなのに、己は。

 

 

 

 

 

 

 

 (沖田様の褞袍・・)

 部屋まで着て戻っていいよと言われ、立ち上がったら、思いのほか裾が長く。続いた重さに驚きながら部屋へ戻って襖を閉めた冬乃は、

 まだ着たままに、つい胸前で褞袍を抱きしめた。

 

 その温かな重みは、後ろから沖田に包まれているような錯覚さえ冬乃に与えていて。

 (ずっとこのまま着てたい)

 

 勿論そういうわけにもいかないので。

 暫しのち、冬乃は諦めて代わりの着替えをとるべく押し入れへと向かった。

 

       

     




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