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74.

 

 

 沖田の誘いに。冬乃がみるみる目を見開いた。

 

 

 攫いたいとまで戯れでも添えられたら、冬乃ならば、こちらへ気が無ければ当然困って焦るだろうと。

 それを含めて試した・・と言っては人が悪いかもしれないが。

 

 

 だが沖田の見守る前、

 

 冬乃は。その目を見開いたまま、頬まで染めて「はい」と、小さく囁いた。

 

 そして、

 みるからに嬉しそうに微笑むなり、恥じらって俯いてしまった冬乃に、

 

 沖田は最早、

 

 確信するしか、無く。

 

 

 

 同時に、こうして沖田の前で恥じらい俯く彼女を、もう何度も見ていた事をも、思い起こし。

 

 何故これまで気づかなかったのかと逆に、己に嗤ってしまう程、

 

 それは鮮やかに沖田の、彼女に関わる幾多の記憶を、色づかせてゆき。

 




 (・・・だが、)

 

 生きる時代の違う冬乃が、何を想って沖田へその心を寄せるのか、やはりどうしても解せずに。

 

 沖田は次には押し黙った。

 

 

 時代が違うという事は即ち、彼女がいずれ家庭を持ち、添い遂げるを望むわけでは、決して無いという事だ、

 

 かといって先の無い奔放な恋愛を愉しむような女性には、どうしても見えない。

 武家の女性とも聞いている。未来での制度は分からないが普通は、彼女の時代で彼女には然るべき家との縁談が、いずれ用意されるだろう。

 

 

 そんな事など気遣わず、己の欲のままに冬乃を恣にするのは、彼女が想いを寄せてくる以上、或いは難しい事ではないだろうが、

 

 そこまで愚かになれるほど、冬乃とは昨日今日の浅いつきあいではない。

 情も責任も、

 そして、やはり確かに芽生えているこの恋慕をも含め、

 

 彼女に向ける、あらゆる感情をもって己は、

 やはり彼女の気持ちをこうして知っても踏み止まるのだという事もまた、

 

 確信してしまい。

 

 

 沖田は。

 

 つい溜息をついた。



 

 

 

 

 

 

 

 沖田の溜息が聞こえてきて。

 

 冬乃は不思議になって顔を上げた。

 

 先程の、どこか悪戯っぽい眼は、もうそこには無く、

 いつもの穏やかに優しい眼が、顔を上げた冬乃を迎えた。

 

 (・・・今の溜息は何?)

 

 「籠を呼んでもらうから待ってて」

 冬乃の不思議そうな表情は見ているくせに、沖田がそう言うだけで背を向けて出てゆく。

 

 

 残された冬乃は、困って座り込んだ。

 

 

 (もしかして、断るべきだったの・・・?)

 

 

 御姫様みたいだと褒めてくれた沖田は、その社交辞令の流れで誘っただけだったのだろうか。

 まさかそこで冬乃が頷くとは、思っていなかったのかもしれない。

 

 (なのに私は喜んだりして、・・)

 

 呑みに誘われたら気軽についていくような軽い女だと、思われたりしたのではないか。

 

 ・・・いや、

 

 (そんなことない。だって山崎様の時だって、断っ・・・

 てなくない?そういえば)

 

 あの時、沖田が断ってくれたのであって、冬乃は断ってはいない。どころか冬乃は、山崎の誘いを社交辞令として受け取ったふりをして、有難うございますとまで答えなかったか。

 

 

 (・・・信じらんない、私)

 

 これで完全に誤解されただろう。

 

 

 

 冬乃はうなだれて。

 その場に座り込んだまま、深く溜息をついた。




 



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