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72.

 

 

 「・・じゃあまた後で」

 

 沖田と斎藤が先に席を立ち。冬乃は二人へ会釈した。

 

 

 (山南様のことはまだ時間があるから)

 

 山南の言動をよりしっかりと観察して、冬乃に何が出来るのかをこれから見極めていこうと。

 そう決めて冬乃は、進んでいない食事に集中すべく膳を見据えた。










 線香花火は人生のよう

 

 誰かからそんな話を聞いたことがあった。

 

 今も冬乃の手元でちりちりと火花を放つ先端は、

 大きく華やかに拡がっては、穏やかに丸くなり、やがてその灯を落とす。

 

 

 冬乃は安藤のことを思い出していた。

 

 彼を救えなかった、冬乃はそう思っていても。

 

 

 認めたくはないひとつの可能性―――冬乃の影響で、彼の死に“変更”が生じた――のほうであったのだとすれば、

 

 

 沖田たちが言うようにもしも安藤にとっても、最も尊ぶ死が戦死であったのなら安藤は、その望んだ死に様のまま、

 

 更に本来の死とは違って、長引く痛みに苦しむことも無く、

 

 死に場所すら、畳の上ではなく、戦場へと変わったという事になり。

 

 

 

 生も死も必ず在れば避けられないもの、その拘束の中で、

 

 

 だから、本当は彼を救えていた。

 

 ・・・のだとしたら。

 

 

 

 

 

 (・・・そんなの、)

 

 自分への気休めだ。今も地に落ちた朱を見つめながら冬乃は胸中吐き捨てた。

 

 

 唯、安藤には生きていてほしかった。

 

 その想いもまた、或いは冬乃の勝手な願いでしかなかろうと。

 

 

 

 

 

 「冬乃はん、まだぎょうさんあるんよ、終わったらすぐ新しいの火つけてな」

 

 冬乃がいつまでも火の消えた線香花火を下げているのを、為三郎が見かねて促してきた。

 

 冬乃は微笑って、次を手にとる。

 

 「来年までとっておけたらええんのになあ」

 為三郎が溜息をついた。

 

 湿地帯の土地柄なのか、翌年には湿気ってだめになっていたことが多かったそうだ。

 かといって、こんなふうに次から次へと火をつけて消費するだけの、風情もなにもあったものでない花火模様に、冬乃はおもわず苦笑してしまう。

 

 先程から沖田と斎藤からも、こころなしか同じ感傷をかんじる。

 

 (ん?)

 違う。よく見ると沖田などは最早、この事態が愉しくなったのか、束ごと火を点けて遊び始めたではないか。

 

 (わ、あぶな・・!)

 

 そして、ものすごい音とともに、見てるこっちが慄くような巨大な火が一瞬にして沖田の手元で膨れ上がった。

 為三郎が喜んで歓声を上げ。隣に居た斎藤は静かに沖田から離れてゆく。

 

 「た、為三郎はだめだってば」

 沖田と同じことをしようとするので冬乃が慌てて止めようとしたら、

 「大丈夫だ、」

 向こうで沖田が笑って。

 「火が手元に来そうになった時はすぐ離せ」

 まさかのGOサインを出した。

 

 

 (『よい子のみんなはマネしちゃだめ』・・・・。)

 冬乃はおもわず胸内に呟いた。

 

 沖田の手元の火は収縮して、ぼてぼてと地に落下してゆく。完全なまでに風情の欠片も無くなっている。

 

 沖田から許可を受けた為三郎が、嬉々としてその小さな手に握れるだけの束の先端に火を点けた。

 「気をつけてね・・」

 はらはらと冬乃が為三郎の手元を見つめる先、大きな火がぼわっと拡がり、めらめら燃えてゆき。

 

 「冬乃はんもやったらどや」

 と横の冬乃を見上げてくるので「余所見しちゃだめ!」と冬乃は慌てて。

 おとなしく手元に注意を戻した為三郎の火もやがて小さくなって。持ち方のコツを掴んだのか、為三郎がもう一度挑戦するのを目の端に、

 冬乃が沖田を見やれば、またもやその手には巨大な火が点っている。

 

 

 (もう沖田様ったら)

 おもいのほか子供みたいなことをしでかす沖田に、内心笑ってしまいながら、

 冬乃までちょっとやってみたくなったのは、否めず。

 

 「・・・」

 そっと三束程度にとどめて手にとった冬乃へ、すぐに気づいた沖田が悪戯な眼差しを寄越してきた。

 

 その視線に冬乃は恥ずかしくなって目を逸らし、それでも束をそっと火にくべて。突如として拡がった目の前の火に、わかっていたのに驚きながら、

 そのうち火花が上がってきて、離そうかと思った手前で縮小していくのを、ほっとしながら見つめる。これだと角度をもう少し変えないと危なそうだと学びつつ。

 

 (動きやすい仕事着で来てよかった・・)

 

 冬乃は結局、上掛けを羽織るだけで、着替えるのはやめたのだ。沖田に言われたとおりに、暖をとれる服装を優先した。

 おかげで確かに寒さもない。



 「俺らがいる時でなけりゃ、これはやるなよ」

 沖田が為三郎に念押ししていて、為三郎は素直に「うん」と頷いている。

 

 そんな二人から離れたところでは、斎藤が情緒を求めて一本の線香花火を愛でていた。

 

 

 夏どころか秋も終わりの季節外れの夜に、こんなふうに花火をしている自分達に冬乃はもう笑ってしまいながら、

 また来年も、そしてその時は藤堂や山南も一緒に出来たらいいと、そっと願って。割り当てられた線香花火の、最後になった一本を手にとった。

   





       



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