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68.

 

 

 翌朝、沖田の従者に扮して、風呂敷包みに自分用のこれからの衣類と、沖田への土方からの指示書を部屋まで届けにいった山崎の目に映ったのは、

 

 欠伸を噛み殺している沖田の眠そうな顔と、

 そんな沖田を不思議そうに見上げている冬乃の、こちらはよく眠れたのかすっきりしている顔で。

 

 まもなく大体の事情を想像できた山崎は、つい忍び笑った。

 

 やがて冬乃が、袷に着替えるため、奥の間へ襖を閉じて入ったので、山崎が、

 「えらいご苦労さまでした」

 と沖田へ暗に含ませた労いの言葉を掛ければ、

 やはりというか沖田は、まったくだと言わんばかりの表情で苦笑してきて。

 

 「ひとまず、今宵明後日あたりまでは大丈夫ですわ。問題は・・」

 山崎はそんな沖田へと、おもわず囁く。

 

 そう、問題は。

 不逞浪士達と旅籠の協力者の、

 「尻尾が、いつまでも掴めへん場合ですわ・・」

 

 数日も要すれば、さすがにもう一度くらい、沖田達が旅籠にきちんと居るかのように見せておかないと怪しまれる。そういえばちっとも見かけない、などと思われるわけにはいかない。

 

 「その場合は、また・・あんじょう宜しゅう頼みます」

 なんとも同情の想いで山崎は沖田を見上げた。

 

 「はい」

 沖田がもとより仕方なさげな顔で、再度頷いた。

 

 

 

 

 

  

   

 駕籠を呼びつけ、昼前に屯所へ戻ってきた沖田と冬乃は、

 それぞれの部屋へと別れて。

 

 

 冬乃は袷を脱ぎながら、ほっと息をついていた。

 

 (また寝ちゃってた)

 気がついたら朝だった。

 沖田の温かい腕の中で、以前のように、いつのまにか寝付いていたのだろう。

  

 冬乃が目を覚ました時、沖田はすでに起き出していて、隣の間で本を読んでいて。

 早起きな沖田に驚いたものの、何故か眠そうな彼には少々心配になった。枕が変わると眠れない人なのだろうか。

 

 

 「冬乃さん、済まない。ちょっといいだろうか」

 

 不意に隣から山南の声がして、ちょうど作業着を着込んだばかりの冬乃は慌てて立ち上がった。

 

 襖を開けると、山南が、昨年大阪で勤務中に受けた古傷が時々まだ痛むのだと前置きながら、

 傷口に負荷をかけないように念のためサラシで固定しているらしく、新しいサラシをもらいたいと遠慮がちに冬乃に尋ねた。

 

 冬乃はすぐに頷いて、押し入れへ行くと、

 以前に山野に教わった、サラシの入っている行李を取り出し、数枚を手に、襖に立つ山南のところへ戻り。

 

 「どうかお大事になさってください」

 手渡す冬乃に、山南は有難うと微笑んだ。

 

 

 「一度、湯治に行かれては如何ですか」

 副長部屋に居た沖田が、つと、そんな山南に提案した。

 

 「古傷には、温泉が良いというじゃないですか」

 

 

 刀が折れてしまったほどの激闘だったと聞く。さらには傷が元で、一時は寝込んでしまった程だったと。

 参ったよ、と微笑んで話す山南に「武勇伝ですよ」と沖田が賞賛を返していたのを、冬乃は思い出した。

 

 

 「組も落ち着いている時ですし。行くなら今です」

 「いや、しかし・・」

 

 「俺も行きたいですしね」

 御供したいなあ、と沖田が促すように微笑うのを、冬乃は襖口に立ちながら目にして。

 同じく襖口に立っている山南が、戸惑ったように目を瞬いた。

 

 「行ってきてくれていいぜ、山南さん」

 そこへ庭先から障子を開けた土方が、ちょうど話が聞こえていた様子で、副長部屋へ入ってくるなりそう言って、山南をさらに驚かせた。

 

 「しかし・・近藤さんも江戸に旅立ったばかりで私まで・・」

 「なに、四五日くれえなら問題ねえよ」

 

 「が、総司、おめえは駄目だ。未だ潜入捜査の件がどうなるかわかんねえだろ」

 続いた土方の禁止令に、沖田が肩を竦める。

 

 「同行なら井上の源さんが喜ぶんじゃねえか」

 土産に温泉卵な。と土方がにやりと笑い。

 山南は優しいその顔をふわりと微笑ませ、「そこまで言ってくれるのなら、では有難く」と、呟いた。

 

 

 これまで新選組はずっと激務続きだったのだ。

 山南も風邪が治ってすぐに働き尽くめだっただろう。このあたりで休めるのなら、それに越したことはない。

 

 冬乃は、ほっとして、まだサラシを手に立っている山南をそっと見た。

 

 

 ・・・・彼が、その命を切腹によって終える日は、

 あと半年にまで迫っている。

 

 (どうして)

 

 いったい、何があったのか。新選組史にその委細は遺されてはいない。

 

 (山南様のことは、絶対に救ってみせる・・)

 安藤の時は、救えなかった。

 

 今度こそは。

 

 

 冬乃は秘かに胸内に誓っていた。

 

    

 

 


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