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66.

 

 

 冬乃が部屋の隅で風呂のしたくをして、風呂敷包みを手に出て行った後。

 沖田は深く溜息をついた。

 

 

 (・・ったく、あんたが余計な事いってくれたおかげで)

 胸内でおもわず土方に悪態をつき、沖田は昨夜の彼の不敵な表情を思い出す。

 

 

 昨夜、冬乃を部屋へ返した後、

 土方が沖田を上目に見上げてにやりと哂った。

 

 「おめえには、ちと酷だが。明日は頼んだぞ」

 

 ・・酷。

 ようするに、一晩、冬乃と二人きりで過ごすことを言っているのだろう。

 

 「まあ任務だからね」

 仕方がない。

 平静に返す沖田に、

 

 だが土方は、

 

 「なんなら手ぇ出しても嫌がられやしねえよ。あれはどう見ても、おめえに気がある」

 と、宣い。

 

 「・・・」

 

 一瞬絶句した後、漸う「まさか」と否定した沖田に、

 

 「俺の眼はごまかせねえ」

 土方は尚も宣って。

 

 「俺がこれまで何人オンナくってきたと思ってる。見てりゃわかるさ」


 あげくのその台詞に、

 完全に呆れた顔になった沖田を見やり、土方は、くっと喉の奥で哂った。

 

 「だから、我慢するくれえなら据え膳だと思えばいい。あの女もおまえと泊まるのを承知した時点で、待ってるかもしれねえぜ」

 

 

 

 そんなわけがない。

 

 沖田は再度溜息をついた。

 そもそも、仮にそうだとして。

 

 (あんなウブそうな子に、手出せるわけないだろ)

 

 

 組の為だと。

 『新選組のお役に立ちたいんです』

 そう言ってきた冬乃の、芯の強い眼差しが目に焼き付いている。

 

 彼女がその覚悟で今夜を迎えているのに、

 

 もし百歩譲って本当に、冬乃が沖田に想いを寄せていたとして、それを良いことにどうこう出来るわけがない。

 

 (まあ土方さんならやりかねないよな・・)

 土方を再び思い出せばもはや哂ってしまいつつ、沖田は思う。

 

 べつにそれで冬乃へ想いを返せるならまだしも、

 

 己は、実際のところどうなのかと。

 

 

 彼女には、確かに以前から惹かれるものがあり。

 今夜で、さらにその想いは増している。

 

 あの隠されていた可愛い大輪の笑顔を前にして、揺さぶられない男は、逆にいないだろう。

 

 だが、

 この状況においては、この今の強まった感情が、

 いわゆる恋情の類いなのか、単なる邪まな気持ちによるものかを

 己が冷静に判別できているか定かではない。


 

 ・・いや、もとより冬乃が土方の読み通りに、沖田に想いを寄せているのかそれ自体が定かではない中で、何を惑う。

 沖田は思い直すと、

 

 思考をそこで打ち切り。一気に残りの食事を平らげ、まもなく襖ごしに声をかけてきた給仕に、下げていいと返事をし、己は立って窓際へと身を移した。

 

 仄かな町灯りの外から、涼やかな風が立ち昇り。

 

 軽く拷問な状態の今夜を前に。

 沖田は苦笑しつつ、目の端に、奥の間で使用人に敷かれてゆくぴたりと寄せられた二組の布団を映した。

 

 

 

 

 

 

 冬乃が戻ってくると、膳は片付けられており、奥の間には二組の布団が、・・まったく両者の隙間が無い状態で、敷かれてあり。

 当惑しておもわず沖田のほうを見れば、彼は窓際に懐手で立ったまま、冬乃の一連の反応に苦笑で返してきた。

 

 今しがたすれ違った使用人は、この部屋からの戻りだったのかもしれない。

 もう少し冬乃が遅く帰っていれば、沖田のほうで布団を離したかもしれないが、その機会を逃した様子で沖田が、諦めたように反対側の部屋の隅にある荷物へと向かっていった。

 

 いま互いに動いて布団を直すのは、意識しすぎているようで、かといって、あのままぴたりと付けたまま夜を迎えるのは・・

 

 (で、でも、八木家の離れではずっとそうだったのに)

 

 なのに、あの頃のように、周囲に人がいた状況と。

 今の、こんな、二人きりになる状況とが。こんなにも破壊的に違うことを、冬乃はさすがに想像しきれていなかったと、いまや認めざるをえない。

 

 

 

 

  

 沖田は己の荷物から着替えをとり出し、頭巾を顔に巻き付けると立ち上がった。

 

 布団のほうは追々直すとして、風呂へ行ってくると声を掛けようとし、冬乃へ再び向いたことを少々後悔した。

 

 

 お高祖頭巾を外した冬乃の、

 

 濡れた艶の黒髪を肩に流し、

 もう幾度と見慣れたはずの、その風呂上りの姿は。

 

 この二人だけの場においては、いやに艶めかしく沖田の目に届き。

 

 しかも纏う寝衣の胸元を、髪の雫で湿らせ、

 寝衣の下の襦袢が薄いのか、濡れた箇所で肌色が透けていることに、彼女は気づいているのか、いないのか。

 

 彼女の裸ならば、もう何度も見ているというのに。この疼く感情を持て余す己に、沖田は自嘲する。

 

 

 (このままだと、魔が差しかねないな)

 

 

 「風呂に行ってくるね」

 優しく声を掛ければ、冬乃はまだ頭巾を手に、火照った頬を微笑ませて小さく頷いて。

 

 「先に寝ててくれていいから」

 もとい、寝ていてほしい

 そんな沖田の心の声など知らぬ冬乃が、「そんなわけにいきません」と沖田の背へ律儀に返してくるのへ最早失笑しつつ、

 

 風呂のついで夜涼みに、まずは旅籠の周囲を回るかと、そして沖田は襖を閉め、廊下へ歩み出しながら、

 時間を潰す方法を、真剣に。探し始めた。

 

     

 


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