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62.

 

 

 (だいたい、)

 

 彼の歴史を変えること、

 

 ・・・千代と引き離すことを。

 

 

 一度は、あれほど覚悟したのに。

 

 

 

 だめだ、と。

 

 冷静になって考えれば、

 

 沖田が何を望むのか、

 本当のところ何が、沖田にとって幸せなのかは、

 

 

 (やっぱり私が決めてしまっていいことなんかじゃない、絶対に)

 

 

 聞いてしまえたなら、どんなにか。

 

 冬乃は、そんな突き上げる想いに、自嘲する。

 

 

 

 (でも迷っている時間も、無い・・・)

 

 千代と沖田が顔を合わすたびに惹かれ合ってしまえば、近いうちに、冬乃に食い止める手立てなど無くなるだろう。

 

 

 (もう、いや)

 

 

 

 「冬乃、さん、久しぶり」

 

 もはや箒を握っているだけの冬乃に、次に声をかけてきたのは山野だった。

 

 

 (・・いま貴方にかまってる暇ない。あっち行ってて)

 ついうんざりした眼で山野を見やった冬乃に、

 

 いいかげんにそんな眼差しには慣れたのか、山野が気にしたふうもなく肩をすくめ。

 「元気ないな。どうしたんだよ」

 まして、そんな言葉をかけてきて。

 

 冬乃は少し苛立ちを解いて、首を振って返した。

 「べつに、何でもありません」

 

 「何でもない様子じゃないだろ。・・安藤さんのことか?」

 仲良かったんだろ

 安藤とよく話しているところを見てたのか、山野がそんなふうに聞いてきて。

 

 冬乃は顔を上げた。

 

 (安藤様、・・・)

 

 彼の死によって心内に沈んでいるままの、不安が。

 最後に見た安藤の穏やかな笑顔を思い出した瞬間に、また鎌首をもたげる。

 

 ―――沖田の命を救うことも、

 叶わないのではないか、

 

 そんな不安が。

 

 

 

 (・・・っ)

 

 次の刹那に胸をよぎったのは、沖田と千代の、あの日みた楽しそうな姿だった。

 

 

 (本当に私は、どうすればいいの)

 

 

 

 「おまえ、どうし・・」

 

 (・・え)

 ふと前に立つ山野の驚いた声に、山野へ焦点を戻した瞬間、

 目から溢れ出た涙を感じると同時に、山野が冬乃の肩を引き寄せ。

 

 突然の事に、抗う間もなく冬乃の体は、山野の腕の中になだれこんだ。

 

 「や、何して・・!」

 慌てて体を離そうとする冬乃を許さず、山野の腕が拘束を強めた。

 「おまえ、泣くほど辛かったのかよ」

 「そんなの・・っ、」

 貴方に関係ない

 言い返そうとして、一度堰を切った涙は止まってはくれず、

 とめどなさに冬乃は声が詰まって、唯、きつく両目を瞑り。

 「見てられねえよ、おまえの辛そうな顔なんか」

 身じろぎする冬乃の、涙が山野の肩を濡らしてゆき。山野はいっそう冬乃を抱き締めた。

 

 やがて観念し抵抗を止めてしゃくりあげる冬乃の、背を山野の手がさすった。

  

 「そんなに悲しむな。安藤さんは名誉の死だ」

 

 

 (また、その言葉・・)

 

 武士は、

 そんなにも戦場で死ぬことを。尊ぶのか。

 

 

 だとしたら、

 (沖田様・・・貴方も、)

 

 いや、彼こそ。

 

 

 (聞きたい)

 

 沖田の望む生き方が。

 

 あくまで近藤の傍で、武士として生を全うすることならば。

 

 (許してもらえるの)

 

 冬乃が、この先、

 沖田から運命の女性を遠ざけてでも、

 沖田が発病しない選択肢を、選ぶことを。

 

 

 ・・否、

 許されなくても。

 

 (結局、私が)

 

 そうしてでも、

 沖田の苦しむ姿を見たくない、だけではないか。

 

 

 冬乃の辛い顔を見たくないと言った山野の、腕の中で冬乃は。どうしようもなさに、再び自嘲を纏う。

 

 (そう、これは私の勝手な想いなんだ)

 

 あれほどの剣豪がその剣を握れなくなり、畳の上で病で死んでゆく苦しみも、

 恋人を亡くす苦しみも、

 

 そのどちらをも冬乃が見ていられないから。

 

 だから、そのどちらからも、沖田を護れるのなら、

 

 一番確実な方法を選びたい。・・・そんなわがままなのだと。

 

 

 (本当に、どうしようもないほど)

  

 浅はかな、愛。

 

 

 

  

  

  

 「有難うございました。山野様」

 

 「え?」

 冬乃の、素に戻った不意の声に山野は、戸惑ったように腕の力を緩めた。

 冬乃は山野から離れようと身を引いて。

 

 

 「・・・何してんの、おまえら」

 

 冬乃が身を離すのは、一寸、遅かった。

 そもそも門に居れば、人の通りがあるのは当然だった。

 

 「原田様・・」

 

 

 そして。

 

 その隣に立つ沖田を。冬乃の目は映した。


      

 

 

 

 


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